第6回セミナー「うんと知りたいトイレの話」報告

第6回「うんと知りたいトイレの話」(2021年9月30日)

「性の多様性の視点から考える、誰もが利用しやすいトイレ」
日野晶子(株式会社LIXIL)
高橋未樹子(コマニー株式会社)

【第一部:性の多様性に関する基礎知識:日野晶子(株式会社LIXIL)】
「性のあり方」は人それぞれであり、多様である。性別は男女の2種類だけではなく、オーストラリアやカナダなど、パスポートの性別が3種類ある国もある。
近年、人間の性のあり方を4つの要素に分けてその組み合わせとして理解する考え方が国際的に広まっている。
①生物学的な性(Sex characteristics)。②性自認(Gender identity)。③性的指向(Sexual orientation)。④性表現(Gender expression)。
いずれも単純に「男女」に二分されるものではなく、「グラデーション」である。この4要素の組み合わせが、その人の性のあり方で、個人の人格の一部であるというのが最も重要なこと。他人から強制されたり奪われたりされない権利。
特に性的指向と性自認の二つを指して、SOGI(ソジ)という。LGBTは性的マイノリティを言い表す総称の一つ。性のあり方においては誰もが当事者で、少数派なのか多数派なのかの違いだけ。LGBTの人が何か特別な人たちというわけではない。
性的指向の多数派をヘテロセクシャル、異性愛者と言う。性自認の多数派をシスジェンダーと言う。近年では、「クエスチョニング」や 「クイア」の「Q」を加えた「LGBTQ」、さらに多様なセクシュアリティの人々も包摂して「LGBTQ+」と表すこともある。
ここではトランスジェンダーの定義をWHOや複数の学会などの報告書に沿って、出生時に付けられた性別と性自認が一致しない人とする。一致している人のことをシスジェンダーとする。
トランスジェンダーは、性自認が女性・男性だけではなく、どちらかといえば女性、どちらかといえば男性、男女どちらにも当てはまらないXジェンダー、中性・無性という方もいる。
トランスジェンダーは出生時に付けられた性別と性自認の組み合わせにより多様だが、大きくは四つのジェンダーに区分することができる。
出生時に付けられた性別が女性でXジェンダーの人をFTX。出生時が女性で性自認が男性の場合はFTM。トランス男性とも言う。出生時が男性で性自認が女性の場合はMTF。トランス女性とも言う。そして出生時が男性で性自認がXジェンダーの方はMTX。
出生時に付けられた性別に対する違和感(「性別違和」という)の程度も人によりさまざま。性同一性障害というのは、トランスジェンダーの中でも性別違和が非常に強く、苦悩する人に対する医学的な診断名。ただし、診断を受けてもどこまで対応するかは人それぞれである。なおWHOは性同一性障害を廃止して性別不合に変更すると決定している。
(オフィストイレのオールジェンダー利用に関する研究会の発足経緯)
2015年にLIXILと虹色ダイバーシティで実施した調査から、トランスジェンダーには利用したいトイレを利用できていない人が多いことがわかった。
この傾向は公共施設よりもオフィス、学校の方が強かった。そこで、より課題が深刻なオフィスのトイレに焦点をあてて調査研究をするために、金沢大学、コマニー、LIXILの3社で、2017年8月に「オフィストイレのオールジェンダー利用に関する研究会」を立ち上げた。
トイレは人間の尊厳にも関わる人権の一つであるとの考えに基づいて、性自認に関わらず誰もが安心して快適に利用できるというオフィストイレ環境を明らかにすることが目的。
(おわりに)
多様性を尊重した共生社会の実現には、お互いに「知る」ことが必要。知ることで、想像し、考えることが可能になる。トランスジェンダーに会ったことがないからわからない、という人も、調査結果から「知識」を得ることは可能。トランスジェンダーのトイレ利用について知ってほしいと思う。

 

【第二部:これからのトイレのあり方とは?~トランスジェンダーのトイレ利用に関する調査から~:高橋未樹子(コマニー株式会社)】
コマニーは、トイレは人間の尊厳に関わる大切な空間だというふうに考えていて、誰もが行きたいと思ったときに快適に行けるような環境を整えていきたいと思っている。
金沢大とLIXILと2017年に「オフィストイレのオールジェンダー利用に関する研究会」を立ち上げ、調査を行った。インターネット調査は、調査会社登録モニターのなかからオフィスで働く18歳から59歳の3万人に対して、2017年11月に行った。更にそこから就業状況やジェンダーで絞った人に対して、細かくトイレの利用実態について訊いた。シスジェンダー824人(男女各412人)、トランスジェンダーについては調査会社登録モニターに加えてSNSやLGBT関連団体にも協力していただき回答者数を増やし、299人に対して調査を行った。そして、さらに詳しく調べるために、インターネット調査の回答者の中から選定した方に対して、グループでのヒアリング調査を行った。
オフィスで働く3万人に対しての調査では、トランスジェンダーに該当する人は2%の600人。ただし、中にはXジェンダーとか、この600人の性別違和の程度は人によって違う。トランスジェンダーの割合に関する調査は国内外で行われているが、その割合はまちまち。
調査では、出生時の戸籍性別は男性、女性の2択だが、性自認については男性/女性だけではなくて、どちらかといえば男性、どちらかといえば女性、Xジェンダー・中性・無性、わからない・その他という形で細かく聞いた。その上で、出生時の戸籍性別と性自認の異なる人を「トランスジェンダー」と判断した。WHOの考え方に沿ってXジェンダーまでを含めてトランスジェンダーとして調査をしている。
普段利用しているオフィスのトイレの総合満足度を100点満点で尋ねたら、シスジェンダーは平均70.4点。男女でそんなに差が見られなかった。一方、トランスジェンダーは61.2点でシスジェンダーより10点近く低く、中でもXジェンダーが60点未満で低い。
トランスジェンダーが「利用したいトイレを利用できていない」から点数が低いのではないかと考えている。
トランスジェンダーで、普段のトイレ利用の希望と実態が一致していない人が4割弱もいた。希望と実態が一致している人は6割強いたが、希望通り自認する性別のトイレを利用できている人はわずか16%と非常に少なかった。希望通り、出生時戸籍性別のトイレを利用している人は3割以上いたが、これは職場ではカミングアウトが難しいので割り切って利用しているとか諦めている人も含まれているのではないかなと考えている。
トイレの各要素について満足度を尋ねたところ、「トイレの選択肢の多さ」に関する満足度がシスジェンダー・トランスジェンダー共に低い。
トランスジェンダーの使いたいトイレについては、性別を問わないトイレを利用したい人もいれば、男女別のトイレや多機能トイレを利用したい人もいて、様々。
多機能トイレとは別の男女共用トイレを希望する理由について、オフィスはバリアフリー法の義務対象ではないので多機能トイレがそもそもない、少ないことに対しての不満が多かった。また、多機能トイレがあったとしても、障害者に気を遣って使いづらいという声も、シスジェンダーよりもトランスジェンダーの方からよく聞かれた。
こう考えると、今後、多機能ではない男女共用トイレのようなものが求められるのかもしれない。ただ、この男女共用トイレがトランスジェンダー用になってしまうと、このトイレを使うことでカミングアウトに繋がってしまうこともある。
男子トイレ、女子トイレがあり、多機能トイレもあった上で、コンビニにあるような手洗い器も一緒に中に入れた男女共有トイレがあったら利用するかをシスジェンダー、トランスジェンダーそれぞれに尋ねた。「日常的に利用すると思う」「条件や状況によって利用すると思う」の回答は、シスジェンダーでは57.3%、トランスジェンダーでは77.9%。シスジェンダーでは男女差が大きくて、女性は43.7%が利用しないと回答している。
なぜ利用したくないのか、シスジェンダーで一番多いのは、異性と同じトイレを利用することに対しての抵抗。トランスジェンダー特有の声として現れたのは、男女共用トイレを使うことで性的マイノリティではないかと思われるんじゃないか、他の人から変な目で見られるんじゃないか、という懸念。
利用する条件を尋ねたら、シスジェンダーの34.2%が広めの個室と回答。これはトランスジェンダーにも該当する条件で、他にはプライバシーが確保されている、付属設備が充実している、セキュリティが確保されているといったような項目が共通条件として出ている。トランスジェンダー特有の条件としては、男女共用トイレの出入口が他人からわかりづらいだとか、みんなが利用することといった、周りの目を気にするような声が上がっている。男女共用トイレがトランスジェンダー用の特別なトイレと見なされることを心配しているのだと思う。
多くの人が利用しやすい男女共用トイレにしていくためには、まずは清潔だとか、待たずに利用できる、臭くないだとかそういったトイレの基本的要素が非常に重要。その上で、広めであることだとか、附属している設備が充実していることが大事。
(利用しやすい男女共用トイレの配置)
五種類のトイレ配置を考えて、利用しやすい男女共用トイレの配置を調査した。インターネット調査やヒアリング調査で、シスジェンダーとトランスジェンダーに聞いた。
通路に面していて、かつ男女別トイレを利用する人から男女共用トイレの出入りが見えてしまう配置は非常に評価が低い。トランスジェンダーが評価したのは、トイレへの出入りが見えにくいとか、出るときに見られても、性別のトイレが混んでいたから共用を利用したと言い訳ができる配置。反対に、同じ配置でも出るときに男女別トイレから出てきた人と鉢合わせをするかもというような声があった。評価をするときのキーワードが、入るとき、出るとき、言い訳の三つになっていた。
(男女共用トイレのピクトサイン)
トランスジェンダーからは、特別なサインは不要という声が多い傾向があった。中でも男女半々のサインについては不快感を持つトランスジェンダーが多くいた。
(シスジェンダーのトランスジェンダーに対する意識と偏見)
トランスジェンダーの4割弱が普段使用したいトイレを利用できていない。その理由として、「自認する性別の女性トイレを利用したいが、嫌がる人がいる(MTF)」「戸籍に基づき女性トイレを利用するように会社から言われている(FTM)」など、周りのシスジェンダーの対応で、利用したいトイレを利用できていないという声も多い。
シスジェンダーに、トランスジェンダーが自認する性別のトイレを利用することに対して抵抗があるかを聞いてみた。6割以上の人が抵抗はないと回答している。一方で、男女ともに3割が抵抗を感じると言っている。その理由は、トランスジェンダーを知らないことから抵抗を感じている声が多い。
トランスジェンダーが自認する性別のトイレを利用することに対して「抵抗はない」との回答は、性的マイノリティなどの研修を行っている企業の人の方が、行っていない企業の人より10ポイント以上高かった 。トランスジェンダーの友人や家族など、身近にいる人は抵抗ないと回答している人が多かった。
(まとめ)
みんなが利用しやすいトイレのポイントとして二つ。
(1)選択肢:トイレの選択肢があって、かつ利用しやすい環境を作ることがとても大切。
(2)知らないことからくる「偏見」をなくす:ハードの対応だけでは駄目で、知識がないことからの偏見をなくすというソフト面の対応もとても大切。性的マイノリティなどの多様性について研修等でまずは知ってもらうこと。

【第三部:オールジェンダー利用を想定したトイレの事例紹介:日野晶子(株式会社LIXIL)】
性自認に関わらず利用しやすいトイレの整備として考えられるパターンは大きく四つある。
①男女別トイレ内の仕様を工夫する。
②多機能トイレを「All gender(オールジェンダー)トイレ」として位置づける。
③「男女共用の広めトイレ」を設置する。
④全て個室のトイレとし、選択できるようにする。
必要に応じて、これらを組み合わせて検討することも可能(ただし、「正解」はない。一緒に考えてほしい)
①男女別トイレ内の仕様を工夫する。
トランスジェンダーの中でも男女別トイレを利用したい/している人は少なくない。男女別トイレと言っても、トランスジェンダーの場合は、出生時に付けられた性別のトイレと自認する性別のトイレの2種類がある。どっちを使うかは1人ひとりの状況によって異なる。トランスジェンダーの困りごとを解決することで、シスジェンダーも安心して快適に利用できるトイレになる。
一方で、多機能トイレを利用したい/している人もいる。
②多機能トイレを「All gender(オールジェンダー)トイレ」として位置づける。
多機能トイレは男女共用が多いので性別を気にせずに利用できる。そして、様々な人が利用するので目立たない、心理的な安心感があることが非常に大きい。実際に、トランスジェンダーの中でも「男女どちらのトイレも利用しづらい人」が、多機能トイレを利用したい/利用していることが多い。
LIXILの調査では、「だれでもトイレ」の利用が気まずいと回答したトランスジェンダーが58%いた。障害のある方が来たら申し訳ないとか、使っていたら注意された、多機能トイレではない男女共用のトイレがあると良いという声もあった。
③「男女共用の広めトイレ」を設置する。
「男女共用の広めトイレ」とは、用足しから手洗いまで完結できる男女共用の個室完結型のトイレとしてLIXILで名付けた名称。これは多機能トイレとは別の選択肢として設置をする。
性別を気にせずに気軽に利用でき、多機能トイレの利用時の気まずさを解消し、利用集中を緩和させる効果が期待できる。
保護者と子供の性別が異なる場合や、例えば知的・発達障害がある人の場合は大人であってもトイレで見守りが必要なケースがある。また認知症の方への異性介助もあり、多機能トイレではない男女共用で使えるトイレのニーズはトランスジェンダーだけでなく一定数ある。
④全て個室のトイレとし、選択できるようにする。
個室トイレとは、ブースではなくて、壁で仕切られた独立した個室トイレを指している。
車いすユーザー、オストメイト、乳幼児連れに配慮したトイレ、これは多機能トイレも含むが、それに加えて男女別、男女共用の個室をそれぞれ設け、利用者が選択できるようにする。
男女共用の個室だけが並ぶトイレは主にスウェーデンで見られる。LIXILでは本社に、「自分にあった個室をお選びください」というコンセプトの「オルタナティブ・トイレ」を設けた。オルタナティブは、「新しい選択肢」の意味で使用している。
全て「個室のトイレ」にした場合、課題もある。壁で仕切られた個室の場合はドアが常閉になってしまい、空室状況がわかりにくい。また、どこにどのようなトイレがあるか、視覚ではわかりにくい。個室の中に手洗い器や鏡まで備えた場合、利用時間が延びることが想定される。
男女共用トイレ自体に抵抗がある人も少なくない。
(おわりに)
トイレは基本的人権の一つであり、意識を変えることも非常に重要だが、意識改革には時間がかかり、ソフト対応と同時にハード面での改善策を検討することも必要だと思う。

【質疑】
(Sさん)中学校で共用トイレを設置している事例などがあるか。
(日野)中学校に、必ずしも車椅子の方用じゃない、個室のトイレを設置した例はあったかと思う。ただ小学校の二、三年ぐらいの子でも、自分の性自認じゃないトイレに入るのがすごく嫌だという話もあるので必ずしも中学生からとかいう感じでもないという印象はある。
(Hさん)男女共用トイレにすることで、副作用みたいなものがあるか。
(日野)多機能トイレみたいな誰でも入れて性別も問わないトイレ自体が少ないので、男女別のトイレに入りにくい人たちがそこに集中するといったことが起きている。車椅子使用者からは、出てきた人が障害者に見えないのに何で使っているんだという声があるが、そこしか使えないから使っているので、そんないろんなせめぎ合いはある。
(高橋)男女共用トイレをトランスジェンダーだけにしてしまうとカミングアウトのトイレになってしまうので、より多くの人が使った方がいいと思うが、その数については、利用実態とか利用者特性に応じて考えていくことが大事かなと思っている。
(Oさん)外見でわかるような人の場合はやっぱりトラブルになるので、トイレの入り口と出口を別にするというアイデアはどうか。
(日野)男女共用にするような場合は特に、袋小路は作らないようにするというのは考え方としてあるが、建築の中でうまい具合にできるケースは、競技場など以外ではとても少ないと思う。ほかに、通路を広く取るとちょっと安心するというか、空間に少し余裕を持たせるっていうこともあるかなと思う。
トラブルになることを一番気にしているのはトランスジェンダーの方で、どう見ても男性としか見えないような場合に女性トイレを使うことはまずない。シスジェンダーの男性がトランスジェンダーを装って入ってきたら、それは犯罪ということで別の話かなと思う。
(Hさん)男女別トイレをなくして多機能トイレをいくつも作った方が現実的ではないか。
(高橋)それだけにしてしまうと嫌だという人も多く、全てを多機能トイレとか男女共有にしていくのはちょっとまだ早いんじゃないか。
(日野)弊社の調査では、全部男女共用トイレになったらどうかという問いに、商業施設だと8割ぐらいの女性が、オフィスの場合は9割近くの女性が使いたくないと言っている。男性はそれぞれ30%と45%で、すごく男女の開きが激しい。
(Oさん)トイレは排泄する場なのか、心や気持ちを落ち着かせるところかという、価値観の違いがあると思う。

※第6回うんと知りたいトイレの話要約Wordデータ(読み上げソフト対応の為)