第24回「うんと知りたいトイレの話」(2023年5月18日) 「SDGsとトイレ①」~国連や国際社会の取組み~

第24回「うんと知りたいトイレの話」(2023年5月18日)
「SDGsとトイレ①」~国連や国際社会の取組み~
(日本トイレ協会編「進化するトイレ」シリーズ第三弾「SDGsとトイレ」特集その1)
●講師
(1)「女性の社会進出とトイレ 世界各国との比較」
(2)トイレを知るには、下水道を知る(タイのトイレと下水道)
講師 戸田初音(株式会社セールスフォース・ジャパン)
(3)JICAによる国際協力とトイレ
講師 戸田隆夫(明治大学特別招聘教授、元JICA上級審議役)

(高橋(司会))今回は「SDG’sとトイレ」をテーマに取り上げる。
講師の戸田初音さんは、日本トイレ協会の会員。日本、アメリカ、バングラデシュ、香港での生活を経て、大学卒業後の現在は株式会社セールスフォースジャパンのマーケティング統括本部に所属している。社会問題をより効果的に解決していくためのコミュニケーション手法、デザイン思考について学びを深めるために、2023年4月より、京都芸術大学大学院コミュニケーションデザイン領域に在学中。
戸田隆夫さんは初音さんのお父様で、元JICAの上級審議役で、現在は明治大学特別招聘教授。
JICA在籍中は、開発途上国の保健衛生教育環境など、様々な分野の国際協力に従事し、トイレに関しては、民間企業やユニセフなどと連携して活動していた。現在は、大学で教鞭をとられる他、民間企業の社会貢献などに関してアドバイスを行っている。今年の3月には、未来の世界と子供たちが向き合うためのForum2050を設立して活躍している。

(1)女性の社会進出とトイレ
(戸田初音)女性の社会進出とトイレ、トイレを知るには、下水道を知る、という二つのテーマについて話す。
SDGsの六つ目のゴール「安全な水とトイレを世界中に」という中に、2030年までに全ての人々が衛生的なトイレにアクセスできるようにするという目標が掲げられている。
2000年にはトイレを利用できる割合は28%だったが、2020年の途中経過では54%まで改善している。

(1-1)世界のトイレ事情(女性とトイレ)
私は17歳のときに、世界トイレ問題というのがあるということを知った。
世界では約23億人、人類の3人に1人がトイレへのアクセスを持っていない。
約8億9200万人が日常的に野外排泄を行っていて、そこから不衛生な環境ができてしまっている。
不衛生な環境によって下痢性疾患症などで1日800人の子供たちが亡くなっていて、トイレが命を奪う問題に関わっているというのを知り、すごく驚いた。
野外排泄中に性被害に遭ってしまう女性がいたり、トイレが学校にないので月経中は学校を休むという状況が途上国で起こっている。特に、社会的に弱い立場の子供たちや女性が傷ついているというのが、許せなかった。

(1-2)「女性の社会進出」と「トイレの普及」とは?
ジェンダー・ギャップ指数を用いて、女性の社会進出がどういうふうに変わっていったかを見た。
国連は、トイレの普及を5段階にレベル分けをしている。
上位から見ると、
① 安全に管理されたトイレ(Safely Managed):他の世帯と共有していないトイレで、排泄物がちゃんと処理されるトイレ。
② 基本的なトイレ(Basic):他の世帯と共有していないトイレ。
③ 限定的に改善(Limited)したトイレ:複数の世帯で共有しているトイレ。
④ 未改善(Unimproved)のトイレ:穴やバケツ等への排せつ。
⑤ 屋外排せつ(Open Defecation)。
今回の場合は、この上位の二つを、トイレが普及したという指標にした。
世界では、アフリカのサハラ以南、アジアだと南アジア、インド、バングラデシュあたりに屋外排せつがある。

(1-3)女性とトイレ:日本の場合
日本では、1964年の東京オリンピック開催に向けて、第一次トイレ改善ブームが起きた。
男女雇用機会均等法が1986年に施行され、労働市場への女性の進出に合わせて、女性トイレが増え始めた。
2015年の女性活躍推進法、2020年の東京オリンピック・パラリンピックという社会の変化に合わせて、トイレを改善していく動きがあった。
日本においては、いろんな社会的な動きや、女性の社会進出を進める施策の中で、トイレがどんどん普及したのではないかと仮説を立てた。
ユニセフから、先述したトイレの普及についての5段階のレベル分けを全ての国について適用したデータが出ている。
縦軸をGGI(ジェンダー・ギャップ指数(Gender Gap Index))のランキング、横軸をトイレの普及率として、それぞれの国をプロットした。このプロット図では、男女が不平等な状態で、かつトイレが普及していない国が左下になり、男女平等が実現されていて、かつトイレが普及していると右上になる。女性の社会進出とトイレの普及には、こういった右肩上がりの相関関係があるという結論を得た。
GGIは、経済、教育、保健、政治という四つの分野から出ている指標だが、この四つの分野の中で、GGIと教育に強い相関関係があると分かった。
GGIと教育に強い相関関係があることから、トイレの普及には、男女の教育格差の解消といった教育の分野が関係しており、それが改善されることで女性の社会進出にたどり着くというのが、私が考えたまとめの形だった。
当初の仮説として、女性の社会進出などの社会の動きがトイレの普及を後押ししているということを考えていたが、では、実際に、トイレを普及することで女性の社会進出の後押しができるのかについては、私の中でまだはっきりしていない。
相関関係があるということはわかっているが、それぞれの国でフィールドワークをしていくことで、どういう実際の因果関係があるのかを、これからも見ていきたいと思っている。
トイレが整備されるプロセスというのが、女性の社会進出のみならず、社会のSDGsのゴールにも関係してくる。

(2)トイレを知るには、下水道を知る。(タイのトイレと下水道)
(戸田初音)2018年にJICAのタイ事務所でインターンをした。
タイはトイレの普及率がすごく高くて、2015年は衛生的なトイレにアクセスできるのが95%。
具体的には88%が浄化槽(セプティックタンク)で、下水等に繋がっていない。
排泄物がちゃんと処理をされないと不衛生な環境ができて、下痢性の病気などが起きてしまう。
タイのトイレは、家庭と商業用のビルディングとで全然違う。
法律で、商業用のビルは絶対に下水道と繋がるか、浄化槽を置かなければならない。
一方で、多くのタイの家庭の排せつ物の処理は、浄化槽で行っている。
日本の浄化槽は、排泄物が浄化槽に入ると、嫌気ろ床槽というところでトイレットペーパーとか個体のものが下にたまって汚泥になる。次に、微生物で分解したりして、最後に日本の場合は塩素を使って消毒している。
一方でタイの浄化槽は、構造がシンプルで、消毒をせずに河川に流したり、土に浸透させたりしている。
タイでは、浄化槽のメンテナンスに関する規定がなく、値段も非常に安い。また気温も違うので、微生物の動きも違う。
タイは地震がすごく少ないので、浄化槽に耐震性が求められない。
タイはトイレの普及率は高いが、きちんと管理がなされていない、きちんと運転されていない、汚水が適正に処理されていないという現状があり、浄化槽がうまく機能していない部分があるのではないか。
JICAのタイ事務所の皆さんとの話の中では、国レベルで浄化槽の機能やメンテナンスに対する法制度を作り、それを人々に伝えて意識を向上させ、新しい浄化槽のマーケットを拡大して、民間にベネフィットが生まれるようにするといいのではないかということになった。
一方で、タイの政府関連の人たちは、喫緊の課題はゴミ問題で、トイレの優先度が下がっていると言っていた。
トイレの重要性についてはWaterAidも、最近、政治的な提言を行っていて、改善されることを期待している。

(3)国際協力とトイレ
(戸田隆夫)JICAにずっと勤めていた。今は大学で教えたり、民間企業の社会貢献活動についていろいろアドバイスの仕事をしている。
私は、大学を出て、JICAに入団したときに、水資源班に配属された。
水資源班の、地下水と表流水開発のための調査を行っていた。
そのころのJICAの雰囲気は、トイレがなくても人は死なない、というものだった。
現実問題として、トイレの整備の協力は、1980年代は少なかった。
ただし、世界の国が発展をし始めていて、途上国の各地で都市化が急速に進んできたので、下水処理場の基幹部分はしっかりやらなければならないという認識は、途上国側も、国際協力する国連、日本、欧米各国にもあった。
ただ、90年代には工場やオフィスから基幹インフラに下水をつなぐのは現地の自助努力という考えだった。
(実例1)ナイジェリアの小さな村でユニセフとイギリスの援助機関が水と衛生プログラムを始めた。
村に入っていって、トイレが汚いとどうなるかという話をして、みんなが、今のトイレは問題だ、やっぱり綺麗なトイレがいると理解したところで、自分たちでできることは何かと考えて、その結果、地元の大工が木製のトイレの蓋を作った。
これでトイレにふたをする。ただ単にそれだけのことで、まずハエが激減した。それからトイレの中の悪臭が激減した。
それを住民が身をもって知って、その村のトイレはほとんどこうなったらしい。
(実例2)ソマリアの農村地帯の、1箇所に1000人から3000人ぐらいの村に、ユニセフが野外排泄ゼロを目指して入っていき、トイレの作りかたを提案した。そのトイレを、村の人たちで協力して作った。
新しく村人になる人には、必ず各家庭に一つちゃんとしたトイレを作ってもらう。ちゃんとしたトイレができたら、村長さんや村の幹部が見に来て確認することで、村に入れてもらう儀式のようにしている。
村の文化としてトイレに対する感覚を変える、あるいは新しい村民を受け入れるときのシンボルとしてトイレを広めている。
(実例3)インドの環境配慮型トイレの例。
昔から日本にあった肥溜めを、洗練された技術を用いて農産物の肥料にも再利用できるようなシステムを作るという環境配慮型のトイレ。システムのメーカーとしては、これをビジネス化したいと考えている。
JICAの狙いは、それによってインドに環境配慮型の、しかも衛生的なトイレが広まっていくことを狙っている。
ただ、日本で昔、し尿を肥料として利用していたころは、寄生虫等の問題があったので、その問題を解決しなければならない。
(実例4)カメルーンの首都ヤウンデの大学に、日本のメーカーとJICAが協力してバイオトイレを設置したら、大好評となった。
この大学はちょっと郊外にあって、一旦学校に来ると、なかなか家に帰れないため、女性が用を足したり、生理のときに、非常につらかった。
非常に評判を呼んだので、もっと造ろうということになった。比較的所得水準の低い国々の大学の中に、このようなトイレが設置されると、衛生環境もさることながら、若い人たちの教育環境の改善にも貢献できる。

(3-1)衛生改善への日本の貢献<世界トイレ革命>
世界的な課題として、3分の1ぐらいの人が衛生的なトイレを使えなくて、不衛生な環境の中で50万人前後の人たちが避けることのできる病で死んでいっている。
トイレの問題は、衛生、健康の問題以外に教育やジェンダー、人権の問題等と深く関わっている。
これから人口が爆発的に増えていく南アジアとサブサハラ(サハラ砂漠以南)地域は、大きく立ち遅れている。
SDGsはこれを重く捉えて、トイレだけではなく、社会問題全体の改善を目標として書かれている。
他方で、トイレは文化や宗教、その他、各地の多様性に大きく依存しているので、外国の考えでやっても解決しない。
その地域に住む人たちが納得して、主体的に行動を起こすということが必要。
そのためには、単に政府が号令をかければいいということではなくて、いろんな人が多層的に、多角的に、かつ同時多発的に取り組まないと、社会変革は起きないという難しさがある。
日本は豊かになる前から、トイレに関しては、世界のトップ水準だった。
日本は、トイレは開発の成果ではなくて開発の前提であるという経験を持っている、世界でも数少ない国だといえる。
トイレは綺麗で気持ちいいということではなくて、保健衛生の問題に深く関わる。
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ、全ての人に健康をというアジェンダは、トイレなくしては解決しない。
日本は、都市部のトイレ、オフィスのトイレ、都市家庭のトイレから農村のトイレまでいろんな解決手段を持っている。都市部に関しては、非常に効率の良い下水道を持っている。
日本の浄化槽は世界最高水準にある。
もう一つ、江戸時代の都市部において、環境循環型のシステムを持っていた数少ない国だった。
そして、日本の衛生教育は、明治時代初期の初等教育におけるところが非常に充実していて、特に日本の保健衛生政策の最初に、病院などを整備するとともに、どぶさらいをするとか、長屋で共用のトイレを綺麗にするとか、そういう教育が実践とともに徹底されていた。
日本はそういった長い歴史の中で培われてきた経験を背景にして、それぞれの国に対して、いろんな助言をすることができる。

(3-2)マルチセクターでのJICAの取り組み事例
トイレの支援は、基本的には、水供給、水にまつわる支援、あるいは健康衛生にまつわる支援と関連して行われてきている。
実は、日本は水分野の協力は、数の多さでも金額でも世界一。
世界銀行とほぼ肩を並べるか、世界銀行より多いこともけっこうある。無償資金協力とか、技術協力プロジェクトなど、隊員が先頭に立ったり、大規模な円借款を使ったりしている。
私達が非常に重視していたのは、教育、特に初等教育との関係で、衛生問題、トイレ問題を扱うということ。
90年代後半から、小学校をつくるときに、安全な女子トイレを造っていった。
そして、教育分野の協力も進化して、行政と学校とコミュニティの三者が一体になって、いろんなことを協議する。
その中で子供たちのことを考えたトイレのあり方が必ず議題に出てくる。
その議題を反映させて、その土地に応じたトイレの協力を行った。
また、課題別研修といって、世界中からこのテーマに関係する人々を、日本か、あるいは特定の箇所に集めて、知識共創(ナレッジ・コクリエーション)をはかる。例えば、学校保健というテーマの課題別研修をやるとすれば、必ずトイレの問題が入る。
今は、非常に不衛生なスラムとか貧困地帯に入っていって、そこの衛生環境を改善する中で、住民主体で運営管理できるようなトイレを一緒に考えて作っている。
作っても、外からの押し売りではすぐに潰れるので、それがなぜ必要かということを徹底的に啓発活動をやりながらみんなに納得してもらって、スラムの再開発、そこにおける保健衛生インフラの改善を図る中に必ずトイレも含んでいる。
80年代、私が水資源班にいたとき、インドの下水道の大規模なインフラを、多額の資金をかけて整備した。
そのときに、その地域における、1000基の公衆トイレを作った。
それの維持管理については、インドの地元のNGOと協力して、地区によってはお金を取る形で、サステナビリティを確保した。
下水道基幹案件というのは国際案件としては地味なので、日本がこの地域の衛生環境の協力をやっているというのをアピールするためにトイレを造ることが多い。

(3-3)民間連携・中小企業支援の取り組み
日本には、規模は大きくなくても世界的に最先端の技術を持つ企業が結構あって、浄化槽や下水道のシステムに革新的な取り組みをしている。JICAではこれらについて、ビジネスとしての妥当性を実証するための事業とか、それを普及展開するための事業を一緒にやっている。こういったところが、これから日本の国際貢献の主役になると良いなと、期待している。

(3-4)世界のトイレの状況
基本的な衛生施設を利用できる人々の割合が非常に少ない地域として、インドを含む南アジアとそれからアフリカのサハラ砂漠以南、パプアニューギニアなどがある。
衛生的な施設が整っているところが3割に満たないような、そういう国がまだまだ結構ある。
こういったところは、やはり保健衛生の指標も非常に悪く、トイレの支援が重要になる。
エコサントイレといって、便と尿を分けることで、どちらも活用できるトイレがあるが、利用者が限定されていて意識が高いところは、きちんと使っていてとても有用だが、きちんと使っていなくてひどい状態のところもあった。
トイレは、そのトイレをどういう人々がどういう形で使うかということによって、有効かどうかも大きく違ってくる。国際協力では、モデル事業がうまくいったら、あとは普及展開をやっていくが、少なくとも、トイレに関しては、なかなかそう簡単ではない。
5歳未満の子供の死亡率を見ると、やはり、困難な地域が重複していて、南アジア、サハラ砂漠以南、タイ、パプアニューギニア、インドネシアなどが、人口も非常に多くて、かつ、保健の問題も、衛生の問題も、トイレの問題も多く抱えている。
民間ビジネスで海外展開しようとすると、アイデアが良いかどうかの評価とか、アイデアの展開方法とか、途上国の貧困層での活動の支援とか、日本企業側の事情も踏まえて、状況に応じて、JICAは支援のやり方を変えている。

(3-5)現在の国際協力とトイレ(人間の安全保障)
トイレは贅沢品でも何でもなくて、人の生命と尊厳を守り、地球の環境を守るために不可欠なもの。
日本においても世界においても、これからトイレに関する重要性は増していく。
人間の安全保障という重要な言葉がある。
日本はこの理念を最も大切にしている。
人間の安全保障とは、国連の決議から引くと、「恐怖からの自由」と「欠乏からの自由」そして「尊厳を持って生きる自由」、この三つを確保する理念。
緒方貞子さんがノーベル経済学賞受賞のアマルティア・センさんとともに、人間の安全保障委員会を作って、そこでまとめた報告書では、以下の定義をしている。
“人間存在の中核である「命(life)」「暮らし(livelihood)」、「尊厳(dignity)」を守ること。そのためには「保護」と「能力強化」の双方が必要。”
人間の安全保障という言葉には二つの特徴がある。
一つは、人々が幸せであるために、生を全うするために必要な最低限のもの、中核として、「命」と「暮らし」と「尊厳」を重視する。我々のできることは限られているので、その中核に注力するという強い意志がこの理念に含まれている。
もう一つは「保護」と「能力強化(エンパワーメント)」。どんな状況の人でも尊厳を持ち、潜在的な能力を持っている。その人たちが潜在的な能力を発揮して、自らが自らを救う、あるいは連帯して互いを救うというところを重視する。

(3-6)これからの国際協力とトイレ -「世界トイレ革命」への挑戦-
[1]本当に理想的なトイレあるいはトイレを巡るシステムは何か、私たちは答えがわからない。
もしわかったとしても、たぶん答えは一つではない。
でも、私達が確信しているのは、トイレを通じて私達は幸せになるという価値を創造することができるということ。
その価値の創造のために、水などの限られた資源をどこまで使うか。
新しい理想のトイレのゴールが見えない現状の中で、私達は試行錯誤しながらそれを構築していかなければならない。
ただそこには、非常に大きな価値創造のチャンスがある。
ただ、答えが見えないということで、SDGsの「誰も取り残さない」(No One Left Behind)という理念は嘘っぽいと言われる最大の理由にもなっているというのは事実で、それは認めざるを得ない。
[2]中国、フィリピン、インドなどの大きな国のリーダーを典型として、トイレのもたらす価値に、多くの人が気づきつつある。
それは単に衛生環境ということのみならず、国家のイメージそのものであり、ビジネスの顔であり、特に観光など人を呼びこむところで綺麗なトイレは不可欠になってくる。
これはトイレ革命を推進したいと思っている人たちにとって非常に大きな追い風で、これを我々は賢く利用すべきだ。
インドで日本が1400基も公衆トイレをつくる支援ができたのは、インドの中の政治的な流れにうまく乗ったから。
[3]私達は水のように有限の資源もあれば、いろんな知恵を出し、工夫をし、それを分かち合い、一緒になってやっていくという無限の資源もある。これを、グローバルにどうやって活用するか。
特にトイレでは、どこかで成功したから他でも成功するということはほとんどないが、一つの成功を小さな個別事例に終わらせないための考えが、我々たちに必要。
そこからの学びをどうやって面的に、場合によってはグローバルに展開させるかというところにトイレ問題の真骨頂があって、これをうまくやれたら、多分他のいろんな課題でもやれるのではないかと私は期待を持っている。

【質疑】
(HOさん)相関係数で教育とトイレが正の相関で0. 7だったが、女性の社会進出等との関係はどうか。
(戸田初音)女性の社会進出について、GGIの全体のGGI指数というところで測った数字を用いた。このGGIの総評のところに、トイレの普及率について0. 29という数字がある。なので、女性の社会進出とトイレの普及率における関係には、弱い正の相関があるということになると思う。
(戸田隆夫)ニジェールは女性の小学生の就学率が非常に低くて、ニジェールの9,000校ぐらいの学校教育委員会が取り上げたのが、女子トイレの整備だった。JICAではニジェールに20年近く協力して、その間に女子の就学率は相当上がった。世界で最も貧しい国の一つと言われているニジェールで、女性の社会進出のために教育を受けさせる、そのために女子トイレを造るという思考のもとに、全国的な実践が行われ、それに日本が支援していた。
(高橋)トイレを広めていくためには、使う側への教育も必要だし、作る側や政府に対しても教育が必要。どういった人に対してどんな教育をしたのか。
(戸田隆夫)さっき多層的、多角的、同時多発的、持続的にやらなければならないと話したが、出発点は、トイレの持つ価値をすべての関係者が理解すること。
ただ、貧しい村の行政官は、トイレより先にやることがたくさんあると言う。親は子供に農作業や家事を手伝わせることが重要だと考えている。そんな中で、議論を通じて、トイレの持つ様々な貴重な価値、人間存在の中核を守るための価値をみんなが共通認識するというところが出発点だと思う。
(HOさん)日本トイレ協会では、2018年頃からのモディ首相によるインドの学校のトイレ改革について調査をしたが、現状はどうなっているか。
(戸田隆夫)日本はインドに対して、学校だけでなく、公衆トイレも含めて、結構大規模なトイレ支援をやっている。
大きな国なので非常に地域的なばらつきがある。
モディ首相のおひざ元、バラナシという地域では、市長のリーダーシップもあって、特に学校や公的機関のトイレのメンテナンスは非常によく行われている。他方で、南部地域だとかのモディ首相の反対勢力が多く、比較的環境問題に関心がないところでは、意識が低いところも結構あると聞いている。
各地域の意識レベルというのが非常に大きく影響しているというのを、現場感覚として感じている。
(HOさん)命、暮らし、尊厳に関わる人間の安全保障を鑑みた理想のトイレの実現には、それぞれ国の文脈をどう取り入れたら良いと思うか。
(戸田隆夫)現場から離れた綺麗なオフィスにいて頭で考えても仕方ない。
ポイントは、やっぱりその土地その土地の文脈をしっかり把握するということ。
ここで、外来者ならではの役割がある。
その土地のことは地元の人が良く知っている。しかし地元の人は他の遠い国のトイレの事情を知らない。他の地域の失敗や成功の事情を知らない。
しかし、私や関係者は彼らよりは少しは知っている。
我々が目指すのはグローバルな社会変革だから、いろんな例を知って、いろんな失敗や成功の記憶を、地域の人に寄り添うように出して、共有していく。これが外来者である私達の非常に大きな役割だと思う。
(HOさん)今、現実に戦争が起きていて、その結果エネルギー不足が深刻になっている。
現在のトイレを運用する施設や上下水にはエネルギーが不可欠。命、暮らし、尊厳に関わる人間の安全保障から国連の提唱の持続可能性を追求するSDGsよりも、まずこれらのエネルギー配分の課題が先ではないか。
(戸田隆夫)エネルギー問題は、主な開発問題を網羅しているSDGsの中の一部になっている。
ただ、SDGsの17のゴール169のターゲットの優先順位や相乗効果については、各国の状況に任せられている。
これは非常に大きな問題で、ポストSDGsにおいては、そういったたくさんの重要な課題の中の優先順位や資源の配分の仕方について、ちゃんと議論をしないといけないと思う。
ポストSDGsに向けて、「脱開発と超SDGs」 (創成社新書 66)という本を出している。
(KAさん)主に先進国のトイレは水洗式が当たり前となっているが全世界的、長期的な視点で考えれば、水を使わないトイレという発想が必要なのか。
(戸田初音)私は、水を使うのは当たり前ではないという発想に近い。
下水道があって、水洗式で、しっかり分解処理ができるというのが、必ずしも全ての国にとっての正解ではないと思っている。
(戸田隆夫)多分節水型が世界の潮流にはなるだろう。
排せつ物を処理するために水を使う場合と、お尻を綺麗にするために水を使う場合があって、後者の快適さは現代人のほとんどが既に味わってしまっているので、多分、そこから脱却することは難しいのではないかと思う。
排泄物処理では、地域によっては無水トイレも出てくるだろう。
日本の衛生機器の大メーカーであるTOTO やLIXILへの期待は、世界最高水準のものを見せながら、それが全世界で普及した先の、水資源や電気などの制約を乗り越えるモデルを見せてもらえたら、世界に大きな貢献となると思う。
(高橋)日本以外にも途上国へのトイレの協力をしている国はあるのか。
(戸田隆夫)トイレに関する最も重要なアクターの一つはユニセフ。教育現場での教育が多いが、子供たちを守る、人間を守るという視点から非常に多角的な支援を行っている。
欧米は、かつては活発だったが、現場での活力は徐々に失われて、公共施設、特に学校や病院等やコミュニティスペースにおけるトイレの整備を細々と行っている。
JICAを通したトイレへの日本の国際協力は、最前線にいると思う。
大企業からベンチャーまで、日本の企業の層の厚さ、多様さ、トイレ設備から浄化槽、下水まで技術的なダイナミズムを含めると、日本はトイレ革命のメインアクターで、これからもあり続ける可能性がある。
欧米各国は、1980年から2000年代にかけて、プロジェクトを中心とした活動から撤退していった。日本は撤退しなかった。
欧米各国が方針を変えて日本のやり方に戻ってきたときには、トイレ協力を含む現場での創意工夫が多く失われていた。
ただ、みんなそれぞれ制約条件の中で一生懸命地元の役に立とうとしていて、賢いNGOもいて、ヨーロッパやユニセフも頑張っている。
(川内)今の、私達が考えている快適なトイレというものを実現しようとすると、どんどん水やエネルギーが必要になってきて、持続可能性という点ではおかしくなってくる。
一方で、初音さんから、国連はトイレの普及を5段階にレベル分けをしているという話があった。その中で、一番評価が高いのは、水で流すとか、下水システムがちゃんとあるとか、水やエネルギーが必要なトイレシステムになっている。
そうすると、この5段階のレベル分け自体が変わっていかなければならないのではないか。
(戸田初音)排泄物がちゃんと処理されるということが、一番上のトイレになるのかなと私は理解している。
それが、今の状況だと水を使うシステムではあるが、その他にもちゃんと処理できるやり方はあるだろうと思う。
(戸田隆夫)下水システムにつないでいないことの強靭性を、豊かな国も貧しい国も考えなければいけない。
上下水道が止まったら今の日本のトイレはみんな麻痺する。ネットワークに依存しないトイレは災害や戦争においてもそれなりにトイレ設備を利用できるので、強靭さを考慮した分類が必要だと思う。
(川内)東日本大震災のとき、液状化が起きて下水が全部駄目になって、トイレが全然使えなくなったところがあった。
下水管でつないで一か所に集めるという処理システムが果たしていいのかという疑問は確かにある。それは、水資源の問題だけではなく、トイレとして弱いシステムなのではないかというような考え方も当然あると思う。