連載2。日本トイレ協会40周年にあたり「温故知新」~これまでの協会と今後

運営委員/(株)ダイナックス都市環境研究所代表取締役会長 山本耕平

トイレに名前?
1984年と86年に当時の市と特別区を対象に公衆トイレの実態調査を行った。公衆トイレについては、全国的な統計も設置基準も存在しなかったからである。どちらも4割くらいの回答率で、公衆トイレの数は1回目調査では人口4000人にひとつ、2回目の調査では4400人にひとつという結果が得られた。(ちなみに2019年にトイレ協会として行った調査(市区町村1741団体、回答率21%)では、1876人にひとつという結果だった。)人口あたりの指標はあまり適切ではないように思うが、トイレのある場所は公園が7割近く、観光拠点や道路沿い、駅前などにも設置されていることがわかった。
トイレ調査の反響はけっこうあって、自治体からの問い合わせや新聞記事に掲載されたこともあった。あるとき「おめっち、トイレやるんなら、うちっち見に来い」という静岡弁で電話がかかってきた。「写真送るから」というので見てみると、なんと和風の建物の前に赤い毛氈を敷いた床几がおいてあり、トイレの入り口には名前の看板が掲げられている!電話をくれたのは伊東市産業課の鈴木弘征さん。79年に「手水庵(ちょうずあん)」と「磯の香和屋(いそのかわや)」、80年には「潮騒の手水処(しおさいのちょうずどころ)」と名付けたトイレを建設しており、その後も毎年ユニークな公衆トイレの整備を行っていた。トイレの入り口に掲げられた墨痕鮮やかな看板は、地元の書家の手によるものだという。こんなまちがあるとは大発見だ!公衆トイレの改革は伊東市が嚆矢だ!

1986年日本で初めてトイレシンポジウムを開催
地域交流センターの内部で、ぜひ伊東でトイレのシンポジウムをやろうという話になった。5月にトイレ協会を設立したばかりで、その翌年の1月に全国シンポジウムをやろうというわけだから、事務局としては大変である。
「第一回全国トイレシンポジウム」のテーマは「社会とトイレを考える」とした。シンポジウム会場は伊東市が提供してくれることになったが、そもそもどれくらいの人が参加してくれるか見当もつかない。結果的には地元の観光関係者を含めると300人近い規模となり、その半分くらいは全国の自治体などからの参加者だった。
当時のプログラムや資料集は手元に残っていないので、記憶にたよって書くが、西岡先生の講演、伊東市やいくつかの自治体からの報告、分科会、パネルディスカッションという構成だったと思う。汚水の土壌浄化法を開発した在野の農学者新見正氏のレジメが残っているので、屎尿処理も含めて幅広い観点からのシンポジウムだったと思う。
パネルディスカッションに登壇していただいたのは、写真左端の司会の田中栄治(日本トイレ協会代表幹事)から、パネリストとして桜井敏郎(神奈川県衛生研究所)、村田徳治(循環資源研究所)、小澤紀美子(東京学芸大学助教授)、芹沢昭三(伊東市長)、西岡秀雄(日本トイレ協会会長)、高橋志保彦(建築家、都市デザイナー)、鴨下一郎(日比谷国際クリニック院長)、坂本菜子(コンフォートスタイリスト)、岡田信司(TOTO機器参与)、桂真人(INAX開発事業部)、小滝一正(横浜国立大学工学部建築学科講師)、の諸氏である(敬称略、肩書きは登壇名札のとおり)。
伊東市のトイレは城ヶ崎海岸沿いにあり、休憩スペースとして意識してつくられている。エクスカーションではそれらのトイレを巡り、トイレの前で地元の皆さんが点ててくれたお茶をいただいた。さすがのホスピタリティに感激したことを覚えている。夜の交流会では、西岡先生のリードで「アロハオエ」を輪になって歌った。これがその後のトイレシンポジウムの伝統になっている。

記念すべき第一回全国トイレシンポジウムのパネリスト

当日はテレビニュースのほか、大手紙、地方紙など、さまざまなメディアで取り上げられた。

※アイキャッチの画像(伊東でのトイレシンポジウムの写真)
エクスカーションの集合写真(割烹着や着物姿の女性gおり、まちをあげてもてなしてくれた様子がわかる)

 

「トイレの日」記念シンポジウム(第2回全国シンポ、江戸川区)
伊東のシンポジウムのなかで「トイレの日」をつくる提案をした。事務局でいろいろ考えて、語呂では10月10日がよさそうだがTOTOさんの日になってしまうので、いいトイレの語呂で11月10日とした。
トイレの日をつくったからには何かせねばならない、という話になって、またまた「トイレの日記念シンポジウム」をやることになった。場所は江戸川区になった。ちょうど86年に都営新宿線が船堀から篠崎まで開通するため、公衆トイレの整備に力を入れていた。シンポジウム開催について打診すると前向きな返事をもらったので説明に行くと、いきなり庁議に出席して区長に話をすることになった。庁議というのは区長、特別職、すべての部長らによる役所の意思決定会議だ。当時の中里区長はトイレシンポジウムの開催を庁議の議題にしてくれたのである。そこで開催が決まると、区長は「各部は全面的にこの一大イベントに協力するように」という指示を出し、事務局としてはあっけにとられるほどのスピードで走り出したのである。
テーマは「トイレアメニティをめざして」。公害対策からよりよい環境を創造していくという環境政策の転換が、アメニティという言葉で語られ始めた頃である。快適環境と訳されたが、私は「景観や自然環境を含めて、人間の心理や生理にもやさしいまちづくり」と定義して、「トイレはアメニティの重要な要素である」といろんな専門誌や雑誌に書きまくっていたのでつけたタイトルだ。「公共トイレのアメニティ」「住まいとトイレ」などの分科会と全体会、エクスカーション、交流会、さらに「グッドトイレ10」を公募して展示し、参加者に投票してもらった。
忘れられない思い出をひとつ。前日に会場の準備をしていると合唱コンクールが開催されていた。臨席していた区長が感激したのだろう、「明日のオープニングに合唱をやってもらおう」と一言。ワンマンで通っていた区長だが、さすがに今日の明日に大勢でやる合唱はできない。担当部長が必至になだめて、演奏者一人ですむピアノ演奏ということにしてもらった。ワンマン区長のおかげで、ひと味違う幕開けとなった。
エクスカーションでは区内の公衆トイレを回ってクイズをやってもらったり、特製のトイレットペーパーをつくった。現在はずいぶん寂しくなってしまった新小岩のベルタウン松江商店街では、レンガ造り風のトイレができていて、トイレクイズ正解者にはテレホンカードを100枚くらい景品に配った。NTTも協力して、商店街あげてのイベントになった。

第3回全国シンポジウム(横浜)
86年に2回もシンポジウムをやったが、開催を引き受けてくれた2つの自治体の協力でとても意義のある内容になった。マスコミが真面目にトイレの問題をとりあげてくれるようになったのは、トイレシンポジウムのおかげである。
とはいうもののトイレ問題は奥が深い。きっかけはつくったものの、事務局の浅薄な知識や情報だけではこれ以上の展開は難しい。そこで第3回トイレシンポジウムにあたって、トイレ問題に関する研究や事例発表論文を公募することにした。トイレ対策で地道な努力を重ねている自治体の事例、研究者や企業からの研究論文、市民からの率直な意見を寄せてもらうことにし、シンポジウムで発表することとした。その結果、依頼したものも含め約30編の原稿が集まった。これを題材としてシンポジウムを企画した。
開催地は横浜である。われわれがトイレを始めるにあたって最初に相談に行ったのは実は横浜市環境事業局である。前稿に書いたが、私はごみ(廃棄物問題)の仕事をしており、ごみの隣にあった屎尿処理の担当課に雑談でトイレの話をしたら、公衆トイレについて新しい試みを始めているということがわかった。たとえば「さわやかトイレ」というプレハブ型トイレや、中華街と元町の間にある前田橋公衆トイレでは、子供用便器のある車イストイレ(すなわち多機能トイレ)を試験的につくったばかりだった。横浜市は私の会社(ダイナックス都市環境研究所)に「公衆トイレ標準化調査」を発注してくれて、横浜駅西口、鶴見駅、前田橋の3カ所のトイレの利用実態調査(24時間利用者をカウントする)を行い、課題と対策をとりまとめた。そんな縁があって、3回目は横浜市に開催を受け入れてもらった。
「第3回トイレシンポジウム、トイレ論文・作文集」には当時のトイレを取り巻く問題状況や国のトイレに関する政策、JRをはじめとする民間セクター・企業の取り組み、テーマとしては「身障者トイレからハンディキャップトイレに」(日本身障運転者協会の小山さん)、「トイレからのまちづくり」(鳥取県倉吉市長)、「水質・浄化槽問題」(厚生省環境整備課長)、水洗トイレの節水、大学のトイレ問題、農村のトイレ、学校教育など、幅広い分野の玉稿が掲載されている。多様な問題提起を受けてシンポジウムのテーマは「トイレからのまちづくり、都市・住宅トイレのハードとソフト」とした。つまりなんでも話題にできるというわけである。

横浜市のさわやかトイレ

 

横浜での開催の思い出を二つ。会場は関内の開港記念会館という古い、荘厳な建物である。演台は狭い上にかなり高い位置にある。車イスの演者に登壇してもらうためには担ぎ上げないといけないが、電動車イスのために重くて万一のことがあると危険だ。そこで横浜市は現業の職員にスロープをこしらえてもらったのである。半端なく大きいスロープで、舞台の端から端まである。昔は汲み取り作業は「桶」を使っていたので、その補修などのために木工の職人がいた。当時にそんな職人がいたとは思えないが、もしかしたら何か技術か伝統が伝わっていたのかもしれない。立派なスロープを見て現場の心意気を感じた次第である。
もう一つは「グッドトイレ10」について、報道各社が結果を聞きたがったことだ。特に共同通信は地方紙に配信しているので、朝刊に間に合うように結果を知らせてほしいといわれた。グッドトイレ10に選ばれた自治体が地方紙で大きく取り上げられ、それがトイレ改革の広がりにつながった。やっていることが社会に影響を及ぼしているという手応えを、しっかりと感じたシンポジウムだった。
(次回は、第4回倉吉でのシンポジウムや国際会議の話)