第5回セミナー「うんと知りたいトイレの話」報告

第5回「トイレの機能分散」(2021年8月19日)

川内美彦(日本トイレ協会 副会長)

【車いす対応トイレの歴史】

車いすトイレは常に不正利用という問題があって、80年代から90年代には鍵がかけられ始めた。しかしキーを誰が保管しているかわからない、保管場所が遠い、保管する店の営業時間外だと使えないと、いろいろ問題があった。

この問題に対して二つの意見があった。しっかり施錠して、キーは障害のある人に配るべきだという意見と、私はどなたでもお使いくださいとすべきだと主張した。

94年にハートビル法がつくられた。この設計ガイドラインでは車いす対応便房は車いす専用と考えており、多機能の発想はみられない。

東京都は96年に公園のガイドラインで、2000年には建築物、公共交通のガイドラインで、「だれでもトイレ」と命名した。これが多機能トイレへの流れを大きく方向づけた。

日本トイレ協会のハートトイレ研究会で1997年に「ハートビル・マニュアル トイレ編」(トイレ白書)というのを出したが、ここに「多機能」という言葉が出ている。

2000年に交通バリアフリー法ができ、そのガイドラインで「多機能トイレ」を打ち出した。

多機能にするために車いす対応トイレの中にオストメイト対応とか乳幼児用設備を設けると述べている。そのときにお腹に十文字のオストメイトのマークも作った。

車いす対応の多機能トイレは異性介助もあるので男女共用だが、1人で用を足せる車いす使用者からは男女別のトイレに分けてほしいという声がある。そこでこのガイドラインでは、性別トイレの中に一般便房よりちょっと大きい簡易型多機能便房というのを提案した。

これには、車いすで使えるトイレの数を増やしたいという下心があった。

だけども望ましいというレベルだったので、あまり広まらなかった。

2000年の交通バリアフリー法からベビーカーのままで公共交通機関を利用できる環境が整った。そこに多機能トイレが子育て設備を整備して登場してきた。

車いす対応トイレは独立してすごく隔離されて落ち着ける。しかもどなたでもご利用くださいということで、ゆっくり快適に過ごせる場所として利用する人たちが出てきた。

利用者がいろいろ増えてくると、車いす使用者から、本来は自分たちのためのトイレだったのにという不満が出るようになった。車いす専用に戻してくれという声も出始めた。

昔は利用者が少なかったので、物置状態になっているところもいっぱいあった。不正利用もいっぱいあった。こういう状態に戻ってはいけないと思う。

鍵をかける方式というのは実は海外ではやっていて、外国人の場合は使えるトイレが見つけにくいというような問題が起こる。

【トイレの機能分散】

2012年に国交省はトイレに対する調査結果を発表した。

車いす使用者の74%が多機能トイレで待つことを諦めた経験がある。

回答した105人の車いす使用者のうち94%が多機能トイレで待たされた経験がある。

出てきたのは、子ども連れが83%、障害者に見えない人が71% だった。

回答者の75%が多機能トイレが不足していると感じている。

この調査結果から国は、多機能トイレに機能を集めすぎたのが原因だとして、バリアフリー法のガイドラインである建築設計標準の2017年の改正版では多機能をやめて、オストメイト用と乳幼児連れ用を性別トイレの中に別々に設けるという機能分散の推進が示された。

それからもう一つ、男女共用というのもある。車いすは使っていないけど排泄行為のときに介助が必要な人がいる。異性介助になる場合も多い。そういうふうに2名程度で使える男女の共用トイレが考えられている。

小規模な建物では簡易型便房というのも認めている。旧来の簡易型多機能には車いすで使えるトイレの数を増やしたいという下心があったが、今回は車いす使用者用便房が設けられない場合の補完的な意味合いとして書いてある。男女別のトイレを使いたいという車いす使用者のニーズは、ここでは反映されていないと思っている。

【「機能分散」への川内の疑問】

機能分散というのは、使い方を純化しようという考え方だが、多機能という今までやってきたやり方は、いろんな人が混ざり合って使うという考え方。

性的マイノリティとかオストメイトの中には人に知られたくない人が多く存在する。

「どなたでもお使いください」だったらいろんな人に混じって目立つことなく使えていた。男女共用とかオストメイト用というふうに利用者が特定されてしまうと、なんであの人はあそこに入っていったのか、と逆に目立って、使えなくなる人が出るんじゃないか。

トイレで行列していて自分の番が来たときに、オストメイト用のブースが空くとは限らない。人に知られたくない人は、次の人に先に行かせて自分はオストメイト用のを待とうという行動は取れない。

ある大型物販店のトイレでは、性別トイレの中にもオムツ交換台があると表示されているのに、ベビーカーを押している人たちはみんな多機能の前に並んでいた。機能分散というのは複雑すぎて、使いこなせないのではないかと思う。

多機能トイレはそこを排泄の場として使う人以外に、人目を避けて自分の時間に浸れる無料の個室として使う「その他の人」がいる。

例えば、ビジネス街で非常に多いのは、タバコ吸う人。コーヒーを飲んだ形跡があったりするのもあって、リフレッシュしている人。それからお化粧。

中でガシャガシャ音がしているのは荷物を詰め替えている人。

海外から来た人が旅行かばんを広げて荷物の整理をしているというようなこともあった。

高校生などが制服を着替えるために使っているとか、中で食事をしているとか、未成年者がビールを飲んだりしているとか、あるいは住み込んでいるとか、こういう人たちは昔からいた。つまりこれは、古くて新しい問題。

こういう「その他の人」たちは、とにかく人目を避けて自分の時間に浸れる無料の個室であるということが重要で、機能分散でこういう不正利用がなくなるとは思えない。しかも「その他の人」たちが非常に多い。

「その他の人」たちにとっては、機能分散で車いす対応トイレの利用者が減るということは、今まで以上にゆったりできることになる。

【量の問題】

バリアフリー法では2000平方メートル以上では整備義務がかかるが、その場合の車いす対応トイレは、どんなに巨大な建築物でも1以上となっている。

量が足らないから問題が起きていると私は思っている。

国交省は、数を増やすことには触れないで機能分散の方を強調している。

日本のトイレは世界から称賛されているが、そのトイレ先進国の超近代的な高層ビルで、トイレを求めてエレベーターで何十階も移動しなければならないということこそ異常なのではないかと私は思う。

【「その他の人」たちに】

トイレを自分の時間に浸れる無料の個室として使う人たちが結構たくさんいる。今のトイレには、1人になる、というとても貴重な役割があるのだろうと思う。

こういうニーズに対して今までの建築はあまりにも冷淡ではなかったか。

そのしわ寄せが車いす対応トイレに集まっているのではないか。

機能分散とかトイレで解決すべき問題ではなくて、建物としてトイレ以外の場で解決すべき問題ではないか。

 

【質疑】

質問(Aさん)/インクルーシブ的な公共トイレということでは、日本は最先端だという理解でいいのか。

川内/多分日本は最先端であることは間違いないと思う。大人用のベッドとかオストメイト用の器具は海外ではまずない。

日本人はそのトイレの話を公でするということに割と抵抗がない。だからこそ日本トイレ協会というような世界には滅多にないような協会もできているのだろうというふうに思う。

質問(Bさん)/車いす使用者の方で車いす対応トイレを他の人に使わせたくないと考えているのはどのぐらいの比率か。私も片麻痺なので洋式しか使えないが駅はまだまだ和式が多い。

川内/具体定な数値はわからない。ただ車いす使用者だとほとんどがトイレで残念な思いをしていると思う。

以前はアンケートで和式がいいという答えが多かった。しかし最近では洋式でないと駄目という人が非常に多くなっている。今、洋式に変わりつつある転換点だろうと思う。

意見(Cさん)/多機能トイレを使う人は、ピクトサインで誘導してもなかなか使い方を変えてくれない。弊社では健常者とかが使うことも前提として、それでも2分ぐらいしか待たせないようにしようと多機能トイレを増やした。かつ国交省の指導で、一般便房の中に簡易多機能トイレも増やした。

車いすの利用者は、業態にもよるが、弊社における調査では実は非常に少ない。家族連れなど健常者と1対9の割合になる。ただ、車いすの方が来ると他の方が譲っている場合が多い。

トイレの待ち行列は便器が1個の場合に比べて2個になると4分の1以下になり、3個になると1割以下になる。

機能分散するとその結果として、一般便房のトイレの数も減って健常者にもストレスを与えてしまうので、数の議論をもう少ししたほうがいいのではないかと思う。

意見(Dさん)/面積の小さい商業施設で機能分散を要求されると、本当に困る。

川内/小規模な場合とかは、基準でも無理やり機能分散をしろと言っているわけではない。

高橋(司会)/国交省だったかのトイレの利用調査があるが、飲食、居眠り、授乳といった回答も結構あった。授乳はベビールームをちゃんと設けることが必要。昼休みの時間だけ大学の男子トイレの利用時間が長い。多分昼寝したり、休み時間を持て余したということがあるので、それは1人で休憩するスペースを作るとか、トイレ以外で考えることがすごく大事なんじゃないか。

意見(Eさん)/利益を生まないトイレに大きなスペースを使っていくのは事業者にとっては難しい問題なので、メーカーとしては、できるだけ狭いスペースに多機能を盛り込むみたいな方向性が大きいのかなと思った。

川内/トイレは生産に寄与しないという発想自体が間違っているのではないか。トイレ、あるいはトイレに付随する休憩施設をよくすることで生産性も向上するということに日本企業は気がつかないといけないのではないか。

高橋(司会)/なぜセントレアのようなトイレが普及しないのでしょうかという質問。

川内/セントレア(中部国際空港)は手動の車いすとかベビーカーで全てのブースに入れるというふうになったトイレ。空港なので大きなトランクを持ったままで入れるということで、日本の空港のトイレの非常に大きな特徴になっている。

建物の設計で、トイレの面積を小さくするという圧力は常にある。トイレは生産性に関与しないという発想を見直す必要がある。

※第5回うんと知りたいトイレの話要約Wordデータ(読み上げソフト対応の為)