第39回トイレシンポジウム基調講演「THE TOKYO TOILETから何を学んだか」(近代家具出版記事)

近代家具出版様から、2023年11月16日に行いました「第39回トイレシンポジウムの基調講演」に関する掲載記事をいただきました。掲載の承諾を得ていますので、記事の一部を抜粋して掲載誌、全文をPDF形式でご提供いたします。

2024年3月 近代家具掲載記事PDF全文

続【渋谷17カ所の著名建築家競作の公共トイレ】設計者とメンテ・維持管理者、情報共有が不可欠

一般社団法人日本トイレ協会(東京都文京区春日1-5-3 春日タウンホーム1階A号室)は2023年11月16日、東京ビッグサイトで「第39回全国トイレシンポジウム2023」を開催した。前年の同シンポジウムでは、世界を舞台に活動する建築家やクリエイター16人が、渋谷区17カ所に魅力的な公衆トイレを競作して、大きな話題となった「THETOKYO TOILET(TTT)」を基調講演のテーマにして開催した。出席者は発案/資金提供者・柳井康治氏(ファーストリテイリング取締役)、TTTプロジェクト責任者・笹川順平氏(日本財団常務理事)、渋谷区長・長谷部健氏、日本トイレ協会会長・小林純子氏の4人。
17カ所の公衆トイレは2023年3月末に全部そろって完成、現在一般市民に開放、利用されている。前回のシンポジウムで柳井氏は、世界的に有名なドイツ映画監督であるヴィム・ヴェンダース氏に監督を、日本を代表する俳優・役所広司氏に主演を依頼、快諾を得て映画撮影し終了したと報告があった。その映画はTTTプロジェクトで制作されたトイレ群を清掃し、つつましく生きる1人の男性の日常生活を淡々と描き、清掃業に携わる人々に共感を与える映画となった。その映画「PERFECTDAYS」で役所氏は世界映画界の大金星である76回カンヌ映画祭最優秀男優賞を獲得した。世界の映画人は、日本社会の片隅で懸命にひたむきに生きる、人間のこころをきちんと評価してくれたといえる。日本での公開は12月22日、その後の社会の反応、影響が楽しみになってきた。
そうしたこれまでの背景と経緯を踏んで、2023年全国トイレシンポジウムが開催された。 メーンのパネルディスカッションは①「TTT」から何を学んだのか、②「まちにおける公衆トイレの可能性と課題・各地の取り組み事例より」の2部構成。今回の掲載テーマは①「TTTから何を学んだのか」の要旨。盛りだくさんの内容の骨子、要点をまとめた。

シンポジウム開催にあたり小林純子会長は「今回のシンポジウムはTTTから何を学んだか、従来の公衆トイレと何が違うのか、なぜ今までこれができなかったのか、を考えることにより、TTTが見せてくれた公衆トイレの希望をこれからもつないでいくことになるのではないかと思う。TTTにも課題がある。公共トイレの共通の宿命的な課題として考えると、今、当協会は何をすべきかを考える絶好の機会で、それが今後の公衆トイレの底上げに大きな力になるのではないかと思う」と挨拶した。

第1セッション 「TTT から何を学んだか」
進行:藤山真美子(お茶の水女子大学准教授)、登壇者:坂倉竹之介(建築家/西原一丁目公園トイレ設計)、小林純子(建築家/笹塚緑道公衆トイレ設計)、山戸伸孝(㈱アメニティ代表/メンテナンスアドバイザー)、コメンテーター:長澤悟(東洋大学名誉教授/㈱教育環境研究所所長)

第1セッションは自己紹介からスタート。山戸氏は「私はアメニティというトイレメンテナンスの仕事をしている。TTTトイレを毎月1回、診断。きれいで快適な状況を維持する仕事を遂行するメンテナンスチームがあり、その一員。トイレも人と同様で定期的に匂いを計測したり、換気機能が適正かどうかを、内視鏡で排水管の中の付着状況を診たりしながら、維持管理をしている」。
長澤氏は「私はトイレ専門ということでなく、50年近く学校建築を研究してきた。教育の変革、地域との連携、豊かな生活の場としての学校環境の在り方、その3つが学校の大きなテーマになってきた。豊かな環境の生活の場として、学校を考えた時、トイレは大きなテーマになる。
トイレは汚いし、いじめの場になるから行きたくない場所。一方でトイレは友達とおしゃべりする場所であり、ホッとできる場所でもあり、子供たちにとって大事な場所といえる。公共トイレはデパート、駅、公衆トイレであったりする。小林さんは公衆トイレを設計する時、ものすごく丁寧な調査をしている。完成後は維持管理について、メンテナンススタッフと議論を重ねている。そのデータを読む中でさまざまなトイレについて、私は考えるようになった。本日はそうした経緯を踏まえて取りまとめ役を行う。トイレを考えるきっかけになればと思う」。
2024年度から本格的なTTTトイレの維持管理が進められる。今後TTTがどのように行政に引き継げられ、街と共に存在していくか。社会に投げかけた「気づき」を見ながら多面的な議論や行動につなげていくことが公共トイレの未来を考える重要な活動になると考える。ここでは3つの視点から議論を進めていく。
①公衆トイレは社会にとってどのような存在であるべきか、②新たな公衆トイレの在り方を模索する中で安心、安全、衛生性にどう向き合うか、③TTTトイレから何を学び、どのように今後につないでいくか。設計者のクリエータからも回答をお聞きしているため一部を紹介。

〔公衆トイレは社会にとってどのような存在であるべきか〕

・藤山氏がクリエータからの回答を抜粋して報告。
・公衆トイレは男性でも利用したくないほど、利用者は限られている。公共建築は居心地のよいものでないといけない。TTTトイレは公共建築の本質を問われるプロジェクトと感じた。
・トイレの中では快適さと持続維持が最も難しい。その中で課題は安全安心、清潔性をどのように維持できるようにするか、トイレのイメージを変える根拠のあるデザインをどうするか、その両輪が大切だと思う。
・衛生性と安全安心の2点が大事。常にきれいで安心して使えることが課題。トイレ自体の価値をより広く、社会とコミュニケーションしていくことが重要。
・これまでのトイレは隠されていることが多かった。姿を現していい場所、開かれた場所を目的に設計できないかと考えた。等々である。

山戸氏 TTTトイレの診断をしている立場で感じた点を述べる。利用者が非常に多く、特に女性が多い。きれいで快適な状況を作れば、利用されるトイレになる。17カ所のトイレすべてで大体、利用者や近隣住民にほめられている。先日も「きれいなトイレを作ってくれて、ありがとう」と言われた。私は単にトイレの診断をしているだけだが私にありがとうと言ってくれている。感じたことはデザイン力がその後の利用に大きな影響を与えるということでした。
長澤氏 公衆トイレは公共トイレの1つという場合、活動対象は街であり、都市そのものだ。そのトイレが快適で安心、使いやすいことが課題になる。活動の場を支える公衆トイレは街づくりに不可欠。他の公共トイレとの違いは公衆トイレには建物のカタチがあること。だからTTTには著名な建築家やクリエータが多く関わりあった。公衆トイレ改善のきっかけになったTTTの意義は大きい。単に設備等の課題ではなく、デザイン力であることがトイレ改善の効果、可能性を社会全般に認識させた。

坂倉氏 日本は世界で最も清潔なトイレ環境で生活していると言われている。商業施設は商業目的のために管理者がトイレをきれいにすることに気を使っている。公衆トイレは不特定多数の利用者が対象。そうした難しさがある。私もTTTプロジェクトに参加した理由として発足当時からメンテナンスを重視していたことで惹きつけられた。
①のまとめ/TTT全体を振り返ると、デザイン力を最大限に引き出すための規格の枠組みがしっかりしていたといえる。クリエータ皆さんが好き勝手に設計したということでなく、最大の力を引き出すための枠組みがあったといえる。坂倉さんの話にあったように、初めからメンテナンスを意識して作られた。デザインとメンテナンス双方が助け合ってできる、非常に稀有なプロジェクトであったと感じる。

〔新たな公衆トイレの在り方を模索する中で安心、安全、衛生面にどう向き合うか〕

山戸氏 TTTは世界的な建築家、デザイナーの皆さんによる超大作で存在感がある。圧倒的な存在であるがゆえに、今まで使ったことがない素材等を使い、オリジナルなトイレができている。メンテナンス側からの率直な気持ちでいうと正直つらい思いがする。このような素材を使うとこのようなことになるという、双方の情報共有をしていくことが、今後の安全・安心・衛生性につながっていくのではないかと思う。
例えばドアのカギは、開閉回数が多いので壊れることも多くなる。設計者は力を入れて作っているので、言いにくいのだが、オリジナルのカギで作られている。オリジナルのカギは1回壊れると半年ぐらい直らない。そうした部分の機器は汎用品を使って頂けると修理は2週間ぐらいで終わる。これも情報共有が必要、安心・安全につながっていくと思う。

小林氏 公衆トイレは今まで、不名誉な存在だった。名誉回復をする必要がある。皆がトイレに寄っていけそうな魅力的なデザインが重要だ。
また、両輪として大事なことはやはりメンテナンス。デザインをメンテナンスの視点でとらえて、両者が共生できるように作っていくことが大事であろうと思う。設計は現実を予測する行為であるが、メンテナンスは現実に対処するということ。先ほど山戸さんがいわれた、設計者とメンテナンスをする人が,課題を共有するというとが大事なことではないか。山戸さんたちは月に1回必ず17カ所を回って、カルテを作っている。このトイレはここがいつも壊れるとか、この辺が汚れるとか、カルテがあると予測や計画を立てることができる。身近なトイレのホームドクターを作っておくことが大事だと思う。

長澤氏 きちんとデザインされた公衆トイレが設置された時、街の景観に関わることに気付く。建築としてのTTTトイレは、建築家自身のトイレ観を変えたところがある。さまざまなメディアの発生が伴ったことで、社会全体のトイレ観を変えたといえる。メンテナンスを配慮する形態のトイレは、建築のカタチや空間を創る可能性につながってくるといえる。

〔TTTトイレから何を学び、どのように今後つないでいくか〕

山戸氏 何か特別なことをするのではなく、当たり前のことを利用者皆さんにお願いしたいと思っている。私の視点からはゴミを捨てないでほしいということ。1本のペットボトルが捨てられていると、その周りに次々にペットボトルが溜まっていく。初めの1本がなければ、ゴミ捨て場にならないはず。愛情を持って公衆トイレに接してほしい。設計者、メンテナンス側の人々、トイレ機器関連メーカー、利用者等の情報共有が大事だと思う。

小林氏 公衆トイレが街の重要拠点であることが認識された。設計者は常に多くの課題解決を提案する。その中に、毎日の積み重ねられた生のメンテナンス情報が加わり、設計に反映できるようになったら、基本的な所で変化していくと思う。公衆トイレのレベルアップのためにTTTのさらなる情報開示をお願いしたい。と共に、他の場所の公衆トイレでも、メンテナンスデータを蓄積し、もっと確実性のある予見を情報交換できたらよいと思う。

長澤氏 都市のイメージを高めることを含めて意義や効果、可能性等を皆で共有できたことは大きな発見だと思う。TTTトイレは皆の意識を変えた。優れた機能、メンテナンス、使いやすさ、安心感等、多くの都市に広がっていくといいなと思う。私からの提案だが、若手建築家やクリエータの皆さんに山戸さんたちが蓄積したデータやノウハウを伝えなが
ら、新しい公衆トイレを創ることに取り組んでもらえるような、チャンスを設置者皆さんにお願いしたいと思う。