第20回「うんと知りたいトイレの話」報告
「災害時に私たちのトイレはどうなるのか」
(日本トイレ協会編「進化するトイレ」シリーズ第一弾「災害とトイレ」特集その1)
●講師 山本 耕平さん(日本トイレ協会運営委員、(株)ダイナックス都市環境研究所 代表取締役会長)
谷本 亘さん(日本トイレ協会運営委員、日野興業㈱営業企画部 部長)
一般社団法人 日本トイレ協会、連続セミナー「うんと知りたいトイレの話」(2023年1月12日)
【用語の定義】
●携帯トイレ(handy toilet)
1回ごとにコンパクトにパッケージされたトイレ。カバンや衣服のポケットに入れて持ち運べる。
ドライブ中に渋滞に巻き込まれた車内で使えるものや、災害時等で水が流せない便器にセットして使用できるものなどがある。多くの製品が保管や衛生面に配慮している。
●簡易トイレ(Portable Toilet)
プラスチックや段ボールでできた便器で、非常に軽量で持ち運びが簡単。
災害時に容易にトイレの設置ができるほか、歩行が困難でトイレまで行けない人のベッドサイドに置いたり、小さなスペースに置いて使うことができる。多くの製品が保管や衛生面に配慮している。
●仮設トイレ(Temporary Toilet)
金属や強化プラスチック等でできたキュービクルの中に便器があり、便器の下に汲み取り式の便槽がある。
工事現場やイベント会場や、災害時の避難所で使われることが多い。
●マンホールトイレ(Manhole Toilet)
災害時に用いる。下水につながったマンホールのふたを外し、その穴の上に便器を置き、目隠し用のテントを設置したトイレ。
(1)第一部 過去の災害からの教訓と、国・自治体の取り組み
【「災害とトイレ」という本について】
(山本)日本トイレ協会の中に、災害・仮設トイレ研究会があり、私は代表幹事になっている。
この災害・仮設トイレ研究会が中心になって、「進化するトイレ」シリーズの中の「災害とトイレ」という本を作った。
この「進化するトイレ」シリーズは3冊で構成され、2022年の7月から9月にかけて、刊行された。
「災害とトイレ」と言ってもいろいろ状況があり、いろんな取り組みがある。それをわかりやすく伝えようと考えた。
我々の研究会のメンバーは現場に従事しており、現場からの情報を読者に提供するために、この本を作った。
本は、4章立てで、第1章では、過去の大きな災害でトイレがどうなったかを書いている。
第2章では、国や自治体の災害トイレ対策について述べている。
第3章は、仮設トイレの流通とかレンタルの仕組みについて述べている。
災害時には仮設トイレは非常に重要だが、すぐ調達できるというものではないことが、よくわかる。
第4章では災害時に備えて、事前に家庭でどういうトイレ対策が必要か、それから実際に発災したらどうすべきかについて述べている。特に都心部では8割ぐらいの人がマンションに住んでいるが、マンションのトイレで気を付けることについて書いている。
【災害時のトイレの実情】
最初に災害トイレの重要性に気づかされたのは、神戸市などを襲った阪神淡路大震災(1995年)だった。
都市部で非常に深刻な災害が起きて、トイレにたいへん困った。
それ以前の大きな地震災害のときは、汲み取りトイレが主だった。神戸市は下水道の整備がすごく進んでいて、ほとんどの家が水洗になっている神戸で大震災が起き、トイレの問題がすごく深刻になった。
ライフラインの復旧に、水道が91日間、下水道が135日間かかった。この下水道というのは下水処理場も含めているが、水に関するライフラインは、復旧に時間がかかるということを頭に入れておく必要がある。
電気は比較的早く復旧した。
日本トイレ協会は、発災から1ヶ月ぐらい後にトイレボランティアを組織して、200人ぐらいの方に協力をしていただいて、避難所のトイレ清掃やトイレの実態調査をおこなった。
発災から1か月経っていたので、仮設トイレはだいぶ行き渡ってはいたが、状況は厳しかった。
住民が避難していた学校は、和式トイレだけだったため、高齢者用には洋式のポータブル便器が設置されていた。
水道はまだ断水していたので、プールの水を水洗トイレで使っていた。一方で、プールの水は火災用として残しておく必要から、トイレに使えないところもあって、そういうところでは近くの川の水を使ったりしていた。
学校の花壇を掘り起こして、トイレにしようとしたところもあった。
トイレの重要性が、阪神淡路大震災で非常に認識されるようになった。
この経験から政府もトイレ確保のガイドラインを作ったりした。
トイレは食べ物より大事だと考えている。
食べるとトイレに行きたくなるので、食べないという高齢の人もたくさんいた。避難時の健康維持にトイレは非常に重要。
一方で、高齢者、障害者、女性、子供への配慮は十分ではなかった。家庭では洋式トイレが普及していたが、学校のトイレも仮設トイレもほとんど和式なので、非常に利用に困っていた。
仮設トイレには組み立て式や箱形などのタイプがあるが、いろいろな問題があった。仮設トイレがあっても汲み取りが追い付かず、使用禁止になっているところが結構あった。
仮設トイレには、照明がついていない。夜間も使えるように照明をつけると、テントタイプだとシルエットが見えてしまうという思いがけない問題があった。
また仮設トイレは便槽の上に便器が乗っているので、地面からは高くなり、階段があって、お年寄りは大変だった。
それから、仮設トイレは屋外に置くので、避難生活する場所との距離や死角にならない場所に設置するなど、いろいろと考えて決めなければならない。
東日本大震災(2011年)のときの仮設トイレは、阪神淡路大震災から16年経っていたのに、あまり進歩していなかった。
阪神淡路大震災のときは、下水道の本管は液状化のないところではあまり壊れていなかったが、東日本大震災では、浦安市のような埋立地で液状化が起こり、下水道の本管が被害を受けて、相当長期間トイレが使えなかった。
神戸では避難時にはトイレが非常に不足していたが、発災後2週間ぐらい経って、避難者100人に1基ぐらいの割合で仮設トイレが配置されたら苦情が減った。
最終的にはそこで寝泊まりしている避難者70人に1基ぐらいで落ち着いた。この数字が結構、その後も使われている。
スフィア基準という国際的な人道支援の基準がある。内閣府が作ったトイレの確保・管理のガイドラインでは、そのスフィア基準をもとに、50人に1基とされていて、長期避難の場合は20人に1基となっている。
【神戸市での反省点】
トイレは生死に関わる問題。災害時にはトイレの調整役、司令塔が必要。
神戸市では、仮設トイレの管理がちゃんとできておらず、どこにどれぐらい配置されているのかよくわからなかったので、排泄物の汲み取り作業がうまくいかなかった。
それから、避難生活が終わった後、使わなくなった仮設トイレの清掃、保管場所の確保が、行政側としては非常に大きな問題だった。
支援物資は全国、世界からいろいろ届いたが、本当に欲しいものがない場合があり、不足しているものをちゃんと調達するような仕組みが必要だと思った。
今は携帯トイレが製品として普及しているが、当時はあまりなかった。ゴミ袋を使ってそこに排便をしたので、その後の処理がとても大変だった。
それから、トイレの利用が不自由な人の対策が不十分だった。
もう一つ、ボランティアのトイレ問題というのがある。
災害ボランティアは自助自立が原則と言われているが、災害ボランティアにもトイレは必要。しかし、災害ボランティアは被災地でトイレを使わせてもらえないということが起こった。これも考えていかなければならない。
【多様性への視点】
この本の中では、浅野幸子さんにジェンダー、多様性の視点から書いていただいたが、多様な性への配慮という点では、避難所トイレでは安心できなかったとか、落ち着かなかった、快適性にはまだまだ問題があるという指摘がされている。
内閣府が「男女共同参画の視点からの防災復興ガイドライン」を作っていて、その中に避難所チェックシートがある。
安全で行きやすい場所に設置する、男女のトイレは離れた場所に設置する、屋外トイレは暗がりにならない場所に設置する、トイレの個室やトイレまでの経路に夜間照明が設置されているといったことがチェック項目として挙げられている。
それから、多様性に配慮したトイレ計画ということで、障害者、高齢者とか区別して対策をやるのではなく、障害の種類、程度、介助のあり方に応じて細やかに配慮を行っていく必要があるというようなことが書かれてある。
それから、トイレ計画を作る段階から多様な人が参加し、地域社会全体が関与できるような、そういうことが徹底される必要があると浅野さんは述べている。
DPI女性障害者ネットワークの佐々木貞子さんは、ご自分の経験を踏まえて書いている。
障害女性については女性による介助支援を徹底する必要がある。
バリアフリー化が不可欠だが、案内所、物資配布所、トイレの表示に関して、視覚障害の方もいるので、大きい案内板、色別テープなどでわかりやすくすることが必要。日本盲人会連合会(現在は日本視覚障害者団体連合)が作った視覚障害者のための防災・避難マニュアルには、視覚障害者は体育館や広い場所では自分の位置やトイレの場所がわかりにくく、トイレへの移動や利用が非常に困難だと指摘されている。
また、ヘルパーの支援を受けている人は在宅避難が推奨されているが、災害時にはヘルパーが来られない場合もあり、そういうことも考えておく必要があるということも指摘されている。
【国や自治体の体制】
国の防災基本計画の中では、プッシュ型支援というのが制度化されている。大きな災害が起こると、自治体側からの要請を待たずに、国の方から支援する、熊本地震(2016年)のときに初めてこの制度が発動された。
環境省の災害廃棄物処理計画では、仮設トイレの汲み取りの体制を取っておきなさいということが書いてある。
内閣府の「避難所におけるトイレの確保管理ガイドライン」では、災害時のトイレの配慮事項として、安全性、衛生・快適性、女性・子供、高齢者・障害者、外国人、その他というような項目ごとに配慮すべき事項が書かれている。
高齢者・障害者に関しては、洋式便器を確保する、使い勝手の良い場所に設置する、トイレまでの動線を確保する、トイレの段差を解消する、避難スペース等にトイレを設置する、介助者も入れるトイレを確保するということが書かれている。
ただ、全てのことを一つの避難所で対応するのはなかなか難しいところがあるので、今は福祉避難所という、特に介助の必要な方に使いやすく、避難しやすい場所を用意する仕組みもある。
スフィア基準では、多様な人々がアクセスしやすい構造になっているトイレは最低250人に一つとされている。
発災直後は携帯トイレや簡易トイレ、それから仮設トイレが来たらそれを利用する、あるいは避難所にはマンホールトイレのようなものを準備しておいて、トイレが使えないということがないようにする必要がある。
自治体が、あらかじめトイレの計画を作っているかどうかについては心もとないところがある。
私たちが2019年に行った調査では、回答した自治体の半分ぐらいは地域防災計画の中に災害時のトイレ計画を定めているが、中身がどこまで具体的かという点に疑問がある。
回答した自治体の34%は特に計画を定めていないと言っており、これも問題だと思う。
回答した自治体の74%ぐらいが、携帯トイレを備蓄していると答えている。
マンホールトイレの整備は、少しずつ進んでいる。
仮設トイレは汲み取りが必要だが、これが不十分。4分の1ぐらいしか民間の業者と協定を結んでおらず、半分以上は何もやっていない。家庭の汲み取りトイレが減って、バキュームカーがどんどん少なくなっており、非常に大きな問題だと思う。
それから、学校や避難所へのバリアフリートイレの整備は、まだ道半ばという感じ。
東京都の地域防災計画によれば、マンホール型トイレが区市町村と東京と合わせて1万2000基ぐらい。便槽付きトイレは仮設トイレのようなものだと思うが、1000基ぐらい。簡易トイレは全部で4万7000。東京都の人口を仮に1000万としたら、とても足りない。
これは区によっても対応が違う。江戸川区の災害時トイレ確保管理計画では、75人に1基のトイレを目標にしている。
この本の中では、トイレの必要数の算定においては、想定避難者数、トイレ確保の目標数、トイレの需要数、災害時ただちに使用できるトイレ数、不足数、そのために仮設トイレをどれぐらい調達するべきか、さらにそれが来るまでの間の携帯トイレや簡易トイレをどれぐらい備蓄するかを計画として、持っておく必要があるのではないかと提案している。
仮設トイレは従来の工事現場等で使われるようなものとは違う、新しいものも作られ始めている。船で使うコンテナをトイレに改造したようなものとか、自動車で牽引するような、牽引型とか車載型といったものができている。中は普通のトイレに近いような広さと便器が用意できるので、非常に快適性は高く、自治体でこういうものを持っているところもある。
【トイレ課の提案】
私は、自治体のトイレの問題はとても重要なので、トイレ課というのを提案している。
自治体の公共施設や公共トイレの管理は縦割りで、地域のトイレ環境全体を見るトイレ行政という分野が確立されていない。トイレについて専門的な知識や経験がある職員はほとんどいないので、災害時にはきめ細かな対応ができない。
したがって、平常時からトイレを総合的に所管する専門部署を置いて、災害時にはトイレ対策の司令塔になるという案。
このトイレの専門部署は、平常時は、公共施設や公共トイレの整備や維持管理を担当し、災害トイレ計画を所管し、マンホールトイレの整備や既存施設のトイレの改善、民間事業者とのトイレに関する協力関係作り、トイレの防災訓練などやるべきことはたくさんある。
(2)第二部 仮設トイレについて
【仮設トイレはすぐには届かない:輸送の問題】
(谷本)私は、日本トイレ協会内に設立した災害・仮設トイレ研究会の副代表幹事。
日野興業という、日本において仮設トイレを創業したメーカーに勤めており、主に仮設トイレの販売とレンタルを行っている。弊社は、阪神淡路大震災以降のほぼ全ての大規模災害において、物資の供給という形で携わっている。
私個人としては、熊本地震以降の大規模災害では、ほぼ全ての現場に関わっている。
発災後、仮設トイレが被災地に届くには、早くても3日ぐらいかかると言われている。
必ずしも、絶対3日かかるというわけではなくて、例えば熊本地震のときは、発災後当日か翌日には、仮設トイレが一部避難所に届いていた。それは、被災エリアが狭くて、少し離れたところの仮設トイレのレンタル業者が大きく被災をしておらず、道路も遮断されていなかったので届けることができた。
ただし、内閣府、経済産業省が提供する、国からの支援物資としての仮設トイレに関しては、私の記憶だと、最初のものが届くのに3日以上かかった。
弊社では500棟近くの仮設トイレを届けたが、500棟届け切るのに約1ヶ月ぐらいかかった。
災害規模によるが、大規模災害となると中長期的にトイレに困るという形になる。
最低3日ぐらいかかる理由は、道路の寸断、社会情勢の混乱等ももちろんあるが、まず、我々メーカーとかレンタル会社に道路状況などの情報が入って来づらい。それと東日本震災のときは燃料不足といったものも懸念されたため、民間のトラックが現地に走るというところも非常に困難だった。
熊本地震では、経済産業省から洋式仮設トイレの出荷要請があった。それ以前は、基本的には全ての出荷した仮設トイレは和式だったが、国からの要請は、この熊本地震以降から洋式のトイレに原則が変わった。
仮設トイレは、基本的にパーツごとに分解した状態で輸送するのが、一番効率が良い。
10 tの大型トラックだと、組み立てた状態のトイレだと20棟くらいしか積めない。
パーツごとに分解した状態だと、倍の40棟は積むことができるので、より早くたくさんのものを送ることができるが、現地で組み立てをする必要があるので、そこにプロの手が必要になってくる。
航空機では輸送コストが高く、通常はトラック輸送だが、熊本地震では自衛隊の輸送機でも運んだ。
トイレの数が足りないとか、行きたくないトイレ、使いにくいトイレがあると、社会的弱者の方からトイレに行かないという気持ちが出てくる。そうすると、食べない、飲まないという形になる。
エコノミークラス症候群は、窮屈な姿勢を続けている中で、水分が不足することによって血栓ができる。熊本では余震が多く、家がつぶれる心配から、車に泊まっている人が多かったため、エコノミークラス症候群を発症する人が多く出て、死者も出た。そこでトイレを早く届ける必要から、自衛隊と協力して空輸をした。
空輸は、飛行機の大きさ費用に対して運べる数が非常に少ないということに加えて、飛行機で物を運ぶには、事前に縦横高さ、重量を全ての物に対して出さなければいけないので、コストも手間もかかる。
届いたトイレは集積地に集めて、そこから各地の避難所にばらまかれていく。
水とか食料は、人の手とか自転車で運ぶこともできる。
しかし、仮設トイレは人力でトラックから降ろすとか、動かすことが非常に難しく、また自衛隊のトラックは荷台が高く、なかなかハンドリングが難しい。仮設トイレで一番苦労するのは輸送。
【仮設トイレはすぐには届かない:出荷地点の問題】
もう一つの理由は、出荷地点が限られていること。
仮設トイレを取り扱っている業者がすごく限定的で、その場所も限られている。
災害はいつどこで起きるかわからないので、輸送が長距離になる場合も結構多いが、長距離ドライバーが不足している。
仮設トイレメーカーは数が少ない。本当に主要なところは5社ぐらいしかない。主に静岡、岡山、中部エリアあたりにしか、製造工場がない。
仮設トイレは、災害時でも基本的に原則はレンタル。レンタル業者はいろいろなところにあるが、大規模災害時にはそこの在庫では間に合わないので、メーカーの工場から発送することになる。
100キロ圏内であれば当日に届くが、500キロ以上になると2日かかる。
【仮設トイレはすぐには届かない:トラックの問題】
3つ目の理由は、仮設トイレを運ぶことのできるトラックが限られているということ。
仮設トイレは、平ボデーという、屋根がついていないもので運ぶことが多い。もう一つ、ウイングボデーといって、荷台が箱のように壁や屋根で覆われているトラックがある。
ウイングボデーだと荷物が濡れないし、運転手も身体が楽なため、最近は全体の40%ぐらい占めていると言われている。
平ボディーのトラックは手積み手降ろしになるし、雨に濡れることも多いので、20%しかなくて、年々減少傾向。
仮設トイレを運ぶには、平ボディーが適しているが、トラックを確保することもなかなか難しくなってきている。
さらに、2024年問題といわれている問題があり、2024年からはトラックが1日に運べる距離への規制が強められるので、災害時の輸送に大きく影響があるのではないかと言われている。
【仮設トイレの洋式化】
さっき山本さんの話にもあったが、阪神淡路大震災(1995年)のときと東日本大震災(2011年)のときでは、仮設トイレはそれほど進歩していない。
仮設トイレは建設現場でよく使われている。そこでは安価であることが求められ、和式の方が安かった。また建設現場は男社会で、便座に皮膚が接触する洋式を嫌う方もまだまだ多い。
そのため、レンタル会社の仮設トイレは圧倒的に和式が多く、発災時にまず出荷されるのはその和式になる。
一方で、ちょっと古いデータだが、家庭における洋式トイレの普及率は89. 6%もあるし、新築の家では100%近くが洋式トイレになっている。
2016年から、建設現場のトイレの洋式化を国が率先してやっている。「快適トイレ」と呼んでいる。
国交省が定めた「快適トイレ」のスペックは17項目あり、その中で必須なのは11項目ある。
まず洋式であること。そして、電線につながなくても使える照明設備があること、など。
「快適トイレ」の設置は年々増えている。直近の国交省の直轄現場、公共の土木工事の工事現場では、45. 6%。
ただ、全体の工事の中での公共工事の比率は大きくはないので、まだまだ普及はしていないと言えると思う。
2010年と、最近の2020年で比較すると、レンタル会社が保有する洋式トイレ、これは汲み取りと水洗を合わせたものだが、2010年には全体の7%だったものが、2020年だと28.9%まで増えている。
メーカーの製造率も2010年の16.8%から、2020年には4割ぐらいまで伸びている。
国の取り組みが堅調に良い方向に出ていることがわかる。
こういった詳しい資料は、日本トイレ協会の災害・仮設トイレ研究会のホームページにも出ているのでご覧いただきたい。
「快適トイレ」の数が確実に増加している中で、ユニバーサルトイレ、バリアフリーと言われる多目的トイレ、コンテナトイレ、トイレカーなども、絶対数は少ないが少しずつ増えつつある。
レンタル会社は仮設トイレの保有比率でいうと、0.1%くらいしかバリアフリートイレは持っていない。
建設現場にはこういったトイレを必要とされている方がほぼ皆無なので、需要がない。
そのため、レンタル会社に期待するよりは、避難所になりうる学校などの施設で、バリアフリートイレを、インフラが遮断されても使えるような仕様で用意するのが現実的ではないかと考えている。
【避難所に仮設トイレが届いたら】
避難所に仮設トイレが届いたら、まずは設置場所を決める必要がある。
避難所に配送しても、設置場所が決まっていないことがすごく多い。
いったん設置したら、なかなか簡単に動かせないので、事前に設置場所をよく検討しておくことが必要。
設置場所に関しては、防犯上のこととかいろいろ考えると、近場で明るいところに置きたいという希望が出るが、近くに置くと臭いという苦情が出る。この二つのニーズは矛盾していて、難しい。
配置計画では、女性が参加するのが望ましい。女性は男性とは違う視点で、いろんなことを見ている。
それと、汲み取りのバキュームカーが入れない場所に置いてしまうことがあるので要注意。
役所の担当者はしばしば異動で変わってしまい、仮設トイレについての引き継ぎがうまくできていないことも多々ある。
仮設トイレの清掃は、住宅とか公共のトイレとは違ったメンテナンスの仕方になる。
マニュアルをきちんと決めて、その管理マニュアルに従った清掃を行う必要がある。
全国ビルメンテナンス協会が「避難所衛生マニュアル」という非常にいいマニュアルを作っている。
仮設トイレは、使っていくうちに不快適になっていく。
臭いや虫対策が必要。いろんなメーカーから最近は仮設トイレ専用の防臭防虫剤が発売されている。
【災害協定】
全国の自治体で、民間業者との災害協定の締結が注目を集めている。
まずは大事なのが、連絡網。災害時に電話する先を明確にする。担当が替われば、常に情報を更新しておくことが重要。
先ほど、輸送の際に道路事情の情報が入らないという話をしたが、被災地が何を欲しているかの情報も入らない。
必要なところに必要な型のトイレを必要な分だけ持っていくのが適切で、それには現場からの情報が必要だが、これがなかなか入ってこない。
我々のような業者が自治体と協定を結ぶことによって、そういった現場の情報を吸い上げて国へ情報提供することができるようになることが、この災害協定の一番重要なことかと思っている。
災害協定を結ぶことで安心してしまう自治体もあるが、特に大規模災害では国が一元的にコントロールすることが必要で、我々も自治体と災害協定を結んでいても、その締結先を優先できるとは限らない。
防災訓練とか、地区の方に向けたセミナーを通じて、災害に対する事前の知識の備えとか、連絡網を整備することが一番重要になる。
よく自助・共助・公助と言うが、この比率は一般的には7:2:1と言われていて、自助が一番大きい。
しかし多くの人は、自助が一番小さく、公助が一番大きいと考えている。
自分が備えをしていないと、国・自治体を当てにするだけでは何もうまくいかない。
仮設トイレにおける自助とは何か。仮設トイレを一般家庭で備蓄することはまずないが、仮設トイレや災害時におけるトイレ問題について、まずは意識すること、そして知識を備えておくことが重要。
共助については、地域での繋がりが重要。仮設トイレについても、地域の皆さんで協力して考えておく。時には訓練も行う。
公助というのは、災害協定を結んだり、仮設トイレや物資の供給の段取りを整えておくといったところ。
災害への意識を忘れずに、災害時は皆で協力して乗り越えたい。
(3)第三部 質疑
(HOさん)この本で想定している読者は?
(山本)元々作るときは、中学生ぐらいが理解できるようにという出版社からの注文があった。実際にはそんなふうにはなかなかなっていないが、一般読者を広く対象にした本というイメージで作った。
この本を元に、学童保育の子供たちが、トイレと防災について考えているという話も聞いている。
(HOさん)災害時のトイレ利用のためにICTを活用するには,どのような場面が想定できるか?
(山本)ICTを使ってトイレの場所や状況がわかるシステムがあるといいなと思う。
特に、ボランティアの人にとっては、トイレがどこにあるかは重要。ボランティアが使えるトイレは限られているので、スマホのアプリで情報が得られれば有益。
また、時間の経過で避難所の場所も避難者数も変わってくるので、汲み取りのことなども含めて、アプリで状況把握とか維持管理ができれば、もっと楽になると思う。
(谷本)例えばコンサートのような大きいイベントだと、仮設トイレが点々と設置されている。
入場者への配布物にQRコードが貼ってあって、どこのトイレが空いているかといった情報をスマホで見ることができるといったシステムはある。ただ、スマホで見たときは空いていても、そこに行く間に使われてしまうということもある。
もう一点は、管理におけるICTの活用。水が少なくなっているとか、汚物が満タンになっているという案内がメールで通知されると、素早く手配できる。
これは、あとどのくらいでトイレのタンクがいっぱいになるかの予想にも使えそうだが、現実には使われていない。
一つはコスト面で、仮設トイレのレンタル料は非常に安いので、通信のコストをねん出できない。
汚水タンクには液体だけではなく、固体やトイレットペーパーも入る。そのため、中央部は一杯になっているのにタンクの隅の方は埋まっておらず、誤った情報が発信される場合がある。大した量が入っていなければ、バキュームカーの運行効率にも影響してくる。これは阪神淡路大震災でも熊本地震でも起こった。
以上のような要因で、なかなか仮設トイレに於けるICTは進んでないというところが現状かなと思う。
(HOさん)ウクライナのような戦時下でも、災害トイレのやり方は活用できるのか。
(山本)戦場になっているところで災害トイレと同じように考えられるかどうかは分からないが、スフィア基準は、まさに紛争で避難している方のためのトイレの基準。戦地では、携帯トイレとかはもしかしたら、役に立つかもしれない。
(OSさん)仮設住宅は、プレハブ建築協会など業界団体加盟各社で仮設住宅用の在庫を抱えているが、仮設トイレも同じようなシステムが機能しているのか?
(谷本)私の知見だと、プレハブ建築協会の加盟会社は災害時のための在庫を持っているわけではないし、団体としても在庫を持っているわけではない。
それぞれが販売やレンタルするために確保している数量に、少し余裕がある。非常時にはそういうものをかき集めて提供しており、我々のような仮設トイレの業界と基本的には同じだと思う。
国から年に何度か、今いくら在庫があるか、いざとなったらいくつ作れるかとヒアリングされている。
非常時に備えて我々は、特に多めに在庫を持つようにしていて、それを被災しづらいところに貯蔵している。
熊本地震では、弊社から500棟近くの仮設トイレを届けたと話したが、ストックしていたものを新規に組み立てしたという表現が正しい。
(HIさん)トヨタのモバイルトイレには、弊社(LIXIL)と共同開発したバリアフリートイレもある。大人用のベッドやオストメイト対応流しも搭載している。
(山本)これは多分、初号機だと思う。初号機は、普通自動車では牽引できないとか、価格が高すぎるとかということで、今は少しコンパクトなものに改良されて、それを自治体に買ってもらっている。
大手の企業が、一種のこれも社会貢献という意味合いもあるが、ビジネスとして非常にレベルの高い牽引式の仮設トイレを作っていこうというのは、とても心強い。
この牽引式の仮設トイレは、災害用というよりも、普段使いであちこちにこういうトイレがたくさんあると、多分車いすの方なども街に出やすいだろうと思う。
こういったトイレが公園とか街の中に、ポンポンとパリのトイレのように置いてあると、もっと街が賑わうのではないかと思う。
それが災害のときは、車で引っ張っていって活躍するというイメージで、自治体とかエリアマネジメントをやっているところに保有してもらって、日常的にいろんなところで使うといった使い方も考えられる。
(谷本)トヨタのモバイルトイレは、特に3号機と呼ばれる最新のものは普通車で普通免許で牽引できる形で、より現実的になったと思う。
例えばコンテナ型のトレーラータイプのトイレとか、次世代型の循環式のバイオトイレ、これはソーラーパネルを積んでいて、完全に自立型で、何もインフラがなくても使えて、ずいぶん優秀な形になっている。
先ほど山本さんが言った通り、そういった良いトイレというのは、国や自治体が買って、常日頃から使っておくことがすごく大事。そして非常時にはその機動力を生かす。
バイオトイレのような大がかりなものは、公共施設にどんどん取り入れて、非常時もそのまま普通通りに使うというのが理想。ただ、財源には限界があるのですぐに整備は進まない。
従来型の仮設トイレの質をちょっとずつ上げながら、一部のものは品質の高いトイレに置き換えていく必要があると思う。
トヨタや、今までトイレと関係なかった会社が、トイレとか災害時の問題に取り組んでいるのはすごく重要だと思う。
(山本)「助け合いジャパン」という一般社団法人があって、自治体が牽引型のトイレを1台ずつ持って、災害のときに助け合おうという活動を行っている。昔は、レンタルトイレは非常に少なく、大都市を中心に自治体がイベント用に移動トイレという名前のトイレを持っていた。そういうことを再び考えようという動きがある。
ただ、全ての仮設トイレをグレードの高いものにするのは難しいところがあるので、上手に使い分けをしながら、災害に対応していくことが重要かなと思う。
(川内)水洗トイレが普及にするにつれてバキュームカーが減っていると聞いている。その点では、汲み取りというのは、これから仮設トイレのネックになってくるのではないかと思う。
(谷本)東京都内の汲み取りは離れているところから来ているので、地方に比べて汲み取り料金が非常に高い。
ただし、汲み取り式のトイレはなくならない。建設現場やイベントの現場は、インフラが整っていないという立地条件があるし、非常に稼働期間が短いので、配管や設備の必要な水洗トイレを設置することはない。
従って、必然的にバキュームカーもなくなりはしないと考えている。
(川内)広域な災害のときに、急に汲み取りのニーズが爆発的に増える。そのときに汲み取りの能力があるかどうかが心配。
(谷本)バキュームカーが遠方からやって来るのは弱点だし、自治体も近隣の汲み取り業者と連携し始めている。