第12回セミナー「うんと知りたいトイレの話」報告

「うんと知りたいトイレの話」第12回(2022年4月21日)
【「感染症と環境」 ~ 感染のしくみと感染症を正しく理解するために ~】
伊与 亨氏  文京学院大学 保健医療技術学部 非常勤講師

1.感染症の歴史
感染症は文明、社会が作る。
「そこに病原微生物がいる」というだけでは病気は起こらない。
病原微生物を伝播・繁殖させる条件があり、初めて「感染症」という病気になる。
感染症は人類より古く、人類の歴史を実際に変えている。
昔、日本では、し尿は農作物の肥料に使う資源だったので、廃棄することはなかった。
欧州ではおまるを愛用しており、夜のうちに、窓から捨てていた。
当然、ペストやコレラなどの伝染病が、頻繁に大流行した。
ヨーロッパは氷河に覆われた時代があって、ここで表土が剥ぎ取られた。土地が痩せているので、牧草程度しか生えない。牧草で畜産を行ったので、し尿は肥料として不要だったため、し尿汚染による衛生状態の悪化は深刻であった。
産業革命で蒸気機関が生まれた。昼夜を問わない動力なので、人間にとっては過酷な労働環境になり、労働者の疾病が蔓延した。
19世紀中頃のイギリスのマンチェスターで、上流階級の平均寿命は35歳。商人は22歳。
労働者が15歳。20歳にいかないで亡くなる。
上流階級の幼児の死亡率は20%。マンチェスターの労働者だと、生まれた子が5歳を超えるのは半分以下だった。(出典:立川昭二著「病気の社会史」)

2.感染症の事例
一つめの事例はし尿の不衛生処理に起因する感染症。たとえばコレラ。
コレラ菌の発見は1884年。通常は感染してから2、3日、少なくとも5日以内に発症する。
人から人への感染確率は低い。水や食物を介して感染が生じる。
水様性下痢が1日20回から30回。吐いたり、上からも下からも出して、脱水症状で亡くなる。結局は、水分と電解質の補給が治療になる。ワクチンはない。
感染症のパンデミックで、正しい知識がないと悲劇を生む。
危機管理に無頓着なことはいうまでもなく問題だが、新聞やテレビの報道に煽られて過剰な危機感を持つことも問題。感染症予防に限らず、危機管理では、氾濫する情報の中から適切に選んで自分で考えて行動することが重要。
二つ目の事例は、結核。
紀元前5000年前の先史時代の人骨からも、その痕跡が見つかる。
産業革命の進行で都市化が進み、結核がすごく流行った。白いペストと呼ばれた。
人口10万人当たりの結核死亡者数を日本と世界で比較すると、日本は非常に高いので、再興感染症ということで、現在問題になっている。
三つ目の事例はハンセン病。昔は、らい病と言われていた。
結核は差別の対象にはならないが、ハンセン病は、差別、人権侵害の対象になった。
潜伏期間が非常に長いために、遺伝病と誤解されてきた。感染力は非常に弱い。
簡単に言うと、体が腐って腐臭を放つという病気なので、差別の対象になった。
感染症と誤解された事例としては、脚気がある。
ビタミンB1チアミン欠乏症で、心不全によって下肢のむくみ、最悪の場合は突然の心停止。
日露戦争での脚気の死亡者数が2万8000人。旅順戦での死亡兵数が4万6000人なので、非常に多くの兵士が栄養不良で亡くなった。

3.感染症対策
病原体が体内に侵入し、何らかの関わりを持つことを感染という。
潜伏期というのは、感染から発症までの期間のこと。
感染して発症する顕性感染と、発症しない不顕性感染がある。
日和見感染というのもあって、通常は無害で病原性のない微生物。
微生物というのは全て感染性を持っていて、発症するかどうかは宿主との兼ね合い次第。体調が悪くなると、出てくる。
感染症に罹患していないことは証明できないので、感染症は発症したかどうかで判断するしかない。
インフルエンザでは、熱が下がって3日たったら出てきていいと言うが、3日たってもインフルエンザのウイルスを出す人もいる。陰性だというのは誰も証明できない。
感染が成立するための3因子は、感染経路と病原体の感染力と人の抵抗力。
この三つが合わさって、初めて感染が成立する。
感染対策で一番重要なのは、手洗いと消毒と適切なワクチン接種。
手洗いは、感染経路の遮断、消毒は病原体の感染力をなくすのに有効。
免疫力の向上というのは、宿主の抵抗力を増すこと。ワクチンや快眠、快食、快便。
それから適度な運動とメンタルヘルス。
我々が、平均寿命が80年の社会に生きられるのは、ワクチンができたおかげ。
それから、薬もちゃんとできている。
感染経路遮断でマスクも有効だが、マスクは自分の飛沫による飛沫感染を防ぐもの。
自分が感染しないというよりは、人を感染させないためにマスクを着けている。
感染経路の遮断には、やはり手洗い。それから消毒。マスクも大変有効。
手洗いの目的とは、皮膚に付着した皮膚通過細菌や皮膚通過のウイルスを除くこと。
皮膚には皮脂膜のバリアがあり、その中に皮膚常在菌がいる。それも洗い落としてしまうと逆に皮膚のバリアが破られてしまう。
感染症は一類感染症から五類感染症までに分類される。
一類感染症は極めて危険性が高い。
二類感染症は危険性が高い。この中に結核も入る。コロナウイルス感染症も二類。
三類感染症は集団発生の恐れがある。例えばコレラ、赤痢、細菌性赤痢、腸管出血性大腸菌感染症(O157)、腸チフス、パラチフスといったもの。
四類は人獣共通感染症。人から人への感染はないが、動物から人へ感染する。大変怖いのは狂犬病で、発症すると100%亡くなる。
五類感染症は人から人へ感染する。毎年流行するインフルエンザがその代表。
その他として、一類から五類の他に「新型インフルエンザ等感染症」ということで指定されている。指定期間は2年で、来年早々に終わる。
指定感染症という指定もある。既知の感染症であっても危険性が高い場合、政令で、1年限定で指定する。
新感染症という指定もある。人から人に感染する危険性が極めて高く、新しい感染症だと指定される。指定期間は1年以内。
医学だけでなく、浄水処理、水道でも水系感染症が予防できる。
日本の上水道整備率と水系伝染病の推移を見ると、上水道の普及率が上がると、1歳未満の死亡率が下がる。水道整備は感染症予防という側面がある。我々が当たり前に飲んでいる水道は、非常に公衆衛生の向上への貢献が大きい。

4.新型コロナについて
ワクチンの治験では、ランダム化比較試験(RCT)を行う。ワクチンを打っているか打っていないかわからない状態にして、日数と人数を同じにして、発症者の比率を見る。
入院者をワクチン接種者と非接種者で見ると、ワクチン接種者の方が多い。いま8割がたワクチンを打っているので、入院する方もワクチン接種群が多くなる。
ワクチンは感染を防ぐということよりは、現在では重症化を防ぐと考えた方が良い。だから、ワクチンを打っても、感染予防はやはり必要。
ワクチンを3回接種すると、人口10万人当たりの新規陽性者は減るというデータが徐々に出てきている。年齢の関係もあるが、やはり未接種の方の新規陽性者は全体を通して多い。
新型コロナ感染症では、デマの事例がいっぱいある。
日本の感染症対策は失敗したとか言うが、都市封鎖を行わないでやるというのはかなり頑張っている。感染者も外国に比べて10分の1から100分の1ぐらい。
ウイルスの存在が確認されていないとか人の遺伝子を変えるとかは全くの偽情報。
ただの風邪だという話もあるが、非常に重篤な肺炎。後遺症も残るので、油断ならない。
軽症で治る人もいるが、中には必ず、重篤な症状になる人がいる。
安全というのは科学の問題。
安心は感性・感情の問題。
科学的に安全と言われるよりも、端的に危険という方が感情的に納得しやすい。
客観的な情報の仕入れ先は、厚生労働省のサイトがいい。
民間だと「こびナビ」(https://covnavi.jp/)。医者の有志の方が作っている。
我々ができる基本的な衛生対策は変わらない。感染予防による不便さと社会生活の利便性の調和を考えながら、手を洗う、消毒をする、うがいをする、マスクをする。要は飛沫を飛ばさないこと。換気をする。家で過ごす。
ストレスをためないとか快眠・快食・快便、適度な運動、具合が悪ければ休む、無理しない、というのが大切。
ワクチンを打って、免疫力を高めるということも併せて必要。
感染症は目に見えない脅威なので、昔は穢れとか怨霊とか、いろいろな迷信があった。
現代でも流言飛語、デマ、偏った情報、主張、扇動がある。
適切な科学知識、情報を仕入れて、基本に忠実に感染症対策を行うことが必要。

【質疑】
Hoさん(質問):トイレでの感染症対策はどういう点に留意したらよいか。
川内(質問);まずその前に、トイレとコロナにはどの程度の関係があるのか。
伊与:下水と感染状況の相関は相当あるらしい。
ただ私は、やっぱり発症者を対象にして考えるのが筋なんじゃないかと思う。
現在の新型コロナウイルス感染症は裾野が非常に広い。無症状と軽症がすごく多いので、PCR検査などで無症状、軽症者を把握したいという意見もあるが、やはり医者がこの人は発症しているとか、感染の疑いがあるとかを診断することが重要だと思う。
検査では偽陽性も偽陰性も出るので、むやみに検査をするのは逆の危険性があると思う。
医者あるいは保健所関係からの検査の指示に従うのが一番いいんじゃないかと思う。
帰省前とか旅行前に検査を受ける人がいるけれども、やっても陰性の証明はできない。ひょっとしたら、陽性でもマイナスが出たかもしれないから、あくまでも目安ということで、自分の体調も考えながら帰省を判断するのが一番いいのではないかと思う。
川内(質問):ではHoさんからの、トイレでの留意点についてのお考えをお聞きしたい。
伊与:自分の家のトイレは、だいたい菌もウイルスも身近で馴染んでいる。職場とか、公共の場所でのトイレは、知らない他人の菌やウイルスが付いているので注意を要する。
菌やウイルスがいるという前提のもとで、トイレから出たら必ず手洗いをする。手洗いをした後、ドアを触ったら、もうその手洗いの効果がなくなる。
トイレに限らず、触ったら手洗いというのが一番良いのではないかなと思う。
もともとトイレというのは他の人の菌やウイルスが付いているので、自分が手洗いするというのは人のためにするという意味もある。
スーパーマーケットの店員がよく手袋をしているが、その手袋にいろんな菌やウイルスがくっついてくる。他の人の触ったものが商品に付いて、それがレジを打つ人の手袋に付いて、それが自分が買った商品に付く。
手が荒れやすい人には有効なので、手袋は個人的な防御のために使用するものだと思う。
Dさん(質問):手洗いで石鹸は必須か。しっかり汚れを落とす何かがあれば代わりになることはあるか。
伊与:厚生労働省のデータだと、水道水の流水で15秒洗えば、だいたい手のウイルスは100分の1になる。石鹸を使うとさらに落ちる。
石鹸は必須ではないが、あると効果がある。
厚生労働省では、石鹸を使って手洗いをすれば消毒は不要だと言っている。
川内(質問):今日のお話では、皮膚の表面には高級脂肪酸というバリアがある。
石鹸などで洗いすぎると、そのバリアを壊してしまうかも知れないので、流水で15秒間という方がバリアを壊さないので良いのか。
伊与:それは程度問題。石鹸で一分間ぐらい洗ったとしても、それほどバリアは壊れないと思うので、気にしないで、石鹸があれば石鹸で洗えば一番いいと思う。
Kさん(質問):コロナウイルスへのうがいの効果はどうか。
伊与:うがいの効果は、よくわからない。やらないよりはやった方がマシなのかなと思う。
私は、外から帰ったら一応口をゆすいで、その後、シャワーを浴びて、体や髪に付いたものを落とすということに気をつける。
うがいで飛沫は飛ぶが、その中に病原体がいなければ特段問題はない。洗面所を使ったら綺麗に拭くとか、気になるならアルコール消毒するとか、清掃をしっかりやることが重要ではないか。
Mさん(質問):ノロウィルスなどの場合は便器のフタを閉めて水を流すと飛沫が飛ばないと聞いているが実際はどうなのか。
伊与:糞便とか下水からウイルスが検出されるということと、感染性があるということは別問題。トイレから出た糞便由来の新型コロナウイルスには、感染性は少ないというデータもある。
便器のフタを閉めて流すのは、飛沫を飛ばさないために有効だろうが、私は、流したらその場にとどまらず、個室を早く出るのが一番いいのではないかと思う。
Kさん(意見):衛生機器メーカーに勤めている。和式便器はものすごく飛沫が飛ぶので、感染には問題が多いかなと思っているが、今の洋式便器は、影響は少ないかなと思う。
Hiさん(質問):筋疾患、筋ジストロフィーや脊椎性筋萎縮症の人たちが新型コロナに感染したら重症になる割合や、死亡する割合に関するデータを把握している機関はあるか。
伊与:筋ジストロフィーとかその疾病に関しての団体のサイトにいろいろ情報が載っていると思う。筋ジストロフィーに対する新型コロナのワクチン接種について、厚生労働省の研究事業では、ワクチン接種を勧めないとするものではないという知見を出している。
患者の会や、厚生労働省の研究班の知見が一番役に立つのではないかと思う。
私は専門外だが、どういうメカニズムでどういうことが起きるかということを理解した上で、危ないのかどうか、あるいはワクチンを打つリスクと打たないリスクを総合的に考えるということになるのではないかと思う。
免疫抑制剤を使って免疫抑制の治療をしているので、ワクチンを打って免疫がつくかどうかの問題だと思う。厚労省の研究班の知見としては、一応つきそう、有効性は期待できるというような結論のように思える。
Mさん(質問):保育園のトイレは、厳しいところでは保育室とトイレの空気の行き来ができないようにしなければいけないと言われたりする。
もともとトイレの方が負圧になるように換気計画されると思うが、それでも扉がないといけないとか、厳しく指導される場合がある。それは例えば、ノロウィルスとか、そういう場合には、有効なのか。
伊与:厚生労働省とか関係の行政で何か検討結果があって、そのような基準ができていると思う。ただ、子どもたちは、マスクをしてもじゃれたりする。だから、トイレで空間を遮断したとしても、子どもたちの間で感染症は簡単に広がると思う。子どもが家庭に持ち込んで家庭内感染ということも考えられるので、なかなか難しい問題だと思う。
Mさん(質問):エビデンスがしっかりしていないのに、担当者レベルで規制されているようなところがあって、それが何か納得いかない。
伊与:その基準の適用先は定められているのか。定められていないのであれば、保育士の先生がたで考えるのが一番いいのではないか。
Mさん:子どもの命が第一とすぐ反論されてしまい、現場の先生たちは何も言えなくなってしまうという状態。
伊与:エビデンスは実験をやらないとわからないと思う。お子さんがトイレで何をやっているのか、ちゃんと用を足しているのかとか、見えないリスクもある。そこのところは、やはり中で話し合って、考えられる範囲のことを現場でやるというところだと思う。
Mさん:お上が言うことは絶対で、現場で考えることが許されなくなっている。
そこで感染症の専門家が本当にそうなのかというのを、行政側にわかりやすく説明していただくことはできないだろうか、もっと現場に任せろとか、そういうことを言っていただけないだろうかと思ったりしている。
伊与:厚生労働省に電話して聞いてみたらどうか。国も、区も、東京都も、関係各所に相談をするところからいろいろ話が始まっていくのではないかと思う。
川内(質問):コロナの場合、接触感染、飛沫感染、エアロゾル感染と様々な感染経路がある。コロナの場合の感染で一番感染しやすいのは何だとお考えか。
伊与:それは感染経路もあるが、ウイルスの量とか、あとは人の抵抗力とかいろいろあるので、感染経路として接触、飛沫、エアロゾルは全部同等に扱って考えていくというのが私の意見。
どこを一番注意すればいいというのではなくて、総合的に感染対策の不便さと、社会や経済を回す利便性をバランスよく考えてやっていくしかないのではないかと思う。