「うんと知りたいトイレの話」第11回(2022年3月17日)
【第11回「山のトイレの今までと今、見えない明日」
-山のトイレは受益者負担で片が付くの?“自己責任”とかいう責めを負うものなの!?-
赤堀時夫 (一社)日本トイレ協会理事・副会長、元(財)自然公園財団事務局長
(1)山のトイレの現状
赤堀:環境省が作った自然公園財団の職員をずっとやってまいりました。そこから自然公園内にある施設管理でトイレに携わってきました。今は現役を離れて8年目になります。
ここでの自然公園地域のトイレとは、主として山小屋のトイレと限られた場所にある公衆トイレを指します。この十数年間でこれらのトイレは改善されてきています。それは山小屋の努力が大変に大きかったからです。さらに環境省の自然環境部局がトイレの改修と改善に国庫補助金や様々の交付金を使えるように動いてくれたことが挙げられます。ただ、山小屋のトイレは私設なので、そこに公費を使うことへの規制や抵抗は依然として強いものがあります。山のトイレの整備には数千万とか億単位のお金がかかる場合が多いのですが、設置費用の嵩むバイオトイレやカートリッジの便槽交換式トイレの導入を進めていることが、その大きな理由になっています。これを小さな個人事業者である山小屋の持ち主に負担させるのは重く厳しすぎる現実があります。せっかく国がお金を出してくれる仕組みが出来てきても、補助金や交付金や半額補助が通常なので、残りの半分は自己負担しなければなりません。日本百名山のようなよく知られている山であれば、たくさんの人が来ることで山小屋の収入も期待できますが、そうでない場所にある山小屋の多くは収入が少なく、トイレの改善費用が捻出できない境遇に置かれています。
この国の自然公園は、国立公園、国定公園、都道府県立自然公園の三つに分類されています。国立公園は全国に34ヶ所、国定公園は全国に57ヶ所、都道府県立自然公園は311ヶ所あります。このうち、保護が手厚く、規制が厳しく、しかし利用が多いのは国立公園と国定公園になります。これらのほとんどは、山、高原、湿原、半島部などが対象区域となって指定されています。それゆえに、自然公園のトイレは山の中とか森の中にあり、まとめた表現として「山のトイレ」と呼んでいます。国立公園には、特別保護地区、第一種から第三種の特別地域、普通地域という区分けがあります。特別保護地区と第一種特別地域は保護が最優先なので、開発行為は基本的に出来ません。一方、もともと人が暮らし、住んでいたところを後から国定公園や国立公園にした場所があります。たとえば日光市域はほとんど国立公園ですし、箱根町に至っては全域が富士箱根伊豆国立公園に含まれています。そういうところでは国立公園でも規制を厳しく出来ません。多くは普通地域となっています。町がある。学校がある。田んぼや畑もある。神社仏閣がある。観光施設もある。それため暮らしを支えるインフラは整っています。ただ、建物の高さや色に規制が掛かる事例はあります。それでも利用を前提とした自然公園行政となっています。一方、市民の生活圏と隔たった自然保護を目的とした自然公園地域に施設=トイレを設置するとなれば、より一層厳しい法律の規制とそもそも備わっていないインフラという困難な状況があります。
(2)し尿処理の問題
自然公園のトイレでネックになるのは常にし尿処理の問題です。ゴミ収集やし尿処理は、「廃棄物の処理および清掃に関する法律」により、自治体の義務となっています。ところが、自然公園内にある国有地は、自治体にゴミの収集やし尿処理の義務がない場所とされているのです。自治体に義務がなければ、事業系の一般廃棄物は事業者が適正処理の責任を負うこととなっています。したがって山では、事業者である山小屋が自らやらなければならないのです。現地での浄化処理とか運搬処理が難しい場所なのに義務だけは課せられているのです。山小屋もなく公衆トイレもない山の中では、今でも大っぴらに野外で用を足しています。お構いなしかというと、実はそれには規制があって、便所以外の場所で大小便をする、またはさせることは法律で禁止されています。それ以前、山に小屋とか便所がない時代には、し尿は何処でもしたい放題でしたが、大きな問題は起きていませんでした。入山者は極めて少なく、自然の浄化能力が遥かに勝っていたからです。しかし現代は、多くの人が山に行くようになり、山小屋は整備され、登山者はおいしい食事や、臭わない清潔な快適なトイレを要求する時代へと変わってきています。さらに山小屋は施設やトイレの改善だけではなくて、利用者の安全確保のために登山道の点検や保守、大学医学部の協力を求めて診療所の開設をしているところなどもあります。遭難救助だってずっと昔から率先してやってきています。無償の行為です。ただ、低山を除いて何処でも営業期間は半年間くらいなので、いきおい入ってくるお金は少なく、小屋設備の更新をしようにも費用の捻出と短い期間しか確保できない工期には苦労を強いられています。そうした背景から、トイレを改良するのに数年とか10年がかりというのは当たり前で、施設改良に二の足を踏まざるを得ない仕方のない事情があるのです。それらの課題を乗り越えて、さてトイレの改築や増築に乗り出すかとなっても、地形、地質、雪の量、雨の量、低温、低圧、低酸素、面倒な工事手続きなど、いろんな制約や条件があるので、他のところで巧くいったことで、そのやり方なら巧くいくという共通の解決方法が、実は少ないのです。さらに多くは、物資の補給や運搬搬出に共通性がありません。富士山のようなブルドーザーの道がある。立山アルペンルートのようにケーブルやロープウェイが架かっている。それがなくても治山林道がある。ヘリコプターの上昇下降ができる場所があるというようなところから、すべてが厳しくて歩かなければ到達できない場所など様々です。多くの場所は電気が来ていなくて自家発電しています。雑排水の処理や排出が出来るかどうかも問題です。全て整っているところは、ほぼ皆無です。トイレを改築改良するのも厳しく、求める機能を設けるのも至難なのです。し尿の分解にはいろいろなやり方がありますが、それらも共通化できない複雑な事情となっています。手をこまねいているのではなく、行政も民間も検討会や勉強会を何度もやり、新しい考え、知恵、知識を補ってきました。それを現場でやってみて、使えるかどうかを明らかにする努力を繰り返してきました。山のトイレには必ず費用と自然条件の制約が付きものということを言い換えます。水のない場所ならバイオトイレを考えますが、バイオ活性環境には熱源が必要になります。低温下では機能しません。さらに、山のトイレでは春から秋のあいだの閑散期と繁忙期の利用者の差が大きく、トイレに入るし尿の量が少なくなったり増えたり、ときに途切れてしまうことがあります。そうなると微生物の働きによるし尿分解は期待できません。もう一つ、自家発電設備の電圧が一定せず、トイレの処理機能がきちんと動かないとか、故障したときに修理業者はすぐには山の上まで来てはくれないという状況もあります。そうなれば優れた機器であっても導入をためらわざるを得ません。ここでも山小屋は苦労しているのです。
(3)費用の負担
トイレができて、日常管理や人員にかかる費用は誰が負担するのかの問題があります。
山小屋のトイレは小屋主の私設なので、原則として公費は使えないとしています。国は民間施設に付帯する山のトイレの整備資金などは出せないとしているのです。国立公園、国定公園という国が指定した公園の中にある公共性のあるトイレという施設なのに、国は直接の予算を付けてはくれないのです。山のトイレを使うのは、山へ登り利用する人だけ。そんな狭い範囲のためには公費は使えないという理屈です。山小屋が建っている場所のほとんどは国有地で林野庁の管轄です。ところが、国立公園を利用する活用するということは環境省が担っています。さらに、例えば上高地では、特別名勝・特別天然記念物という網がかかっていて文化庁が関わっています。そのため、そうした場所にトイレを作るには、林野庁、環境省、文化庁への申請手続きや、窓口となる都道府県市町村での事前の伺いや根回しが必要となります。最初の窓口である地元の市町村に話を持ち込んでから実現するまでには、ものすごい時間とエネルギーが必要になります。自然公園とりわけ国立公園の存在は、『我が国の風景を代表するに足る傑出した風景の保護と利用の増進をはかり、そのことにより国民の健康を目的とする』というものです。山のトイレについても、国はこういう意識のもとに本来やらなければならないはずです。現実は違うのです。
いくつかの事例を紹介します。ある場所に設置された簡易水洗トイレがあります。電気はありません。便器洗浄は雨水沢水を利用し、微生物の力で汚物汚水処理を行い、処理水は循環再利用とし、残存固形物は搬出するというものでしたが、現実は水不足をきたし、水洗設備は僅かな日数しか使えず、利用期間中のほとんどが非水洗のボットン便所状態になってしまいました。放置する訳にもいかず、設備復旧のため、管理担当者は現場に繰り返し赴くことをしています。他の場所ですが、処理目的の固液分離をするため、尿と大便と紙を分離する方式の2穴式便器を設けました。水分はそこで土壌に浸透させ、固形物はヘリとか人が担いだりして下界におろすようにしています。当然多くの費用がかかっています。携帯トイレを置いているところもあります。格段の進歩を遂げている携帯用あるいは非常用のトイレ袋を購入してもらい、山の中での排泄物は、登山口にある公衆トイレに設置した回収ボックスに入れてもらうようにしています。回収ボックス内の排泄物の搬出と処理場への運搬は、トイレ袋の販売者が負担していますが、赤字です。
トイレの管理行為が行き詰まれば、下界なら閉鎖したり、いよいよとなれば建物を撤去したりできますが、山ではトイレとして使えなくなっても建物は壊れずにずっと残されてしまっています。撤去費用の予算が付かないのです。しかし、山小屋が近くにあれば、管理不能トイレをなくしたり少なくしたりすることは出来ていました。悲惨な状態に陥る前に、自分たちのこととして、何とか利用できるようにとやっていたのです。ただこれからは、ほっておくと綻びが生じてきます。自然公園の利用者が減ってきているからです。収入減少ということです。理想的な山のトイレを更新するスピードの低下です。山には未だに土壌浸透式トイレが数多く残っています。し尿が自然界の分解処理スピードを超えてしまうと、土壌浸透したし尿によって山の水はおろか、下流域の河川に至るまで好ましくない負担がかかるようになります。そうしないためには、自然公園、とりわけ国立公園、国定公園に来る人のための利用施設や設備は、本来は国がきちんとやるべきです。しかし、公共トイレの整備にはコストが嵩むため、対策はいつも後回しになっています。費用負担意識のことですが、上高地にチップトイレがあります。アンケートをとると、多くの方が100円程度なら喜んで負担すると回答していても、実際は平均して1人30円ぐらいしかチップ箱には入っていません。
どうしたら、皆さんに自らのこととして100円程度のチップを入れてもらえるようになるか、費用負担という問題は、容易に解決できないことでありますが、少なくとも、受益者と利用者に被せて良いものだとは到底思えません。
(4)質疑
Hoさん(質問):西穂高から奥穂高の超上級者コースとか、スイスでは槙有恒の小屋からアイガーの山頂まで、登山家は排泄なしで縦走するのか。
赤堀(答え):西穂高から奥穂高はかなり危険で落石も多いところ。途中にトイレは全くない。したくなったなら、岩陰に隠れたりしてするしかない。携帯トイレを持っている人が増えてきたと聞いている。奥穂高の小屋では、稜線を縦走して来た人から「捨ててもらえないですか」と頼まれることがあるとも聞いている。アイガー山麓のグリンデルワルトに行ったときに案内所で聞いたが、アイガーではトイレはどこにもないので、その辺で隠れてやってしまうということだった。一方、東山稜の途中に槇有恒さんの寄付で建てた小屋では携帯トイレを持ってくる人は確かにいるという。小屋で出たし尿とともにヘリで下界まで下ろしていると聞いた。
Hoさん(コメント):現代はトイレットペーパーが基本だが、山ではインドのように水で洗うとか、戦時中のように竹べらという方法も分解処理の観点から考えられないか。
赤堀(答え):便と尿が混ざるといくつか問題があって、まず臭さが増す。カートリッジ式便槽でヘリでおろす場合、水分が入っているととても重くなる。人で担ぎ下ろすこともあるが、重いと手間もお金もかかる。もう一つ、紙の問題。紙は消滅していかない。だから今は分離させようとなっている。水分を循環させて、山の上でも水洗トイレにしている場合は、何度も循環させて使えなくなると熱を加えて蒸発させたり浸透させたりして、できるだけ水はその場所で処理している。うんちは熱を加えて燃やして小さく軽くした上で、ヘリで下ろしている。ヘリは山小屋の物流を運ぶ命綱だが、輸送費用がどんどん上がっている。危険だということもある。3000メートルの稜線を超えるのは、いま日本で使っているヘリの機能のギリギリの高度らしい。山なので乱気流もあり、とても危険な作業なので、ヘリ会社がどんどん撤退を始めている。ヘリがないと、山小屋の物資が運びきれないし、し尿を下界におろせない。
Oさん(質問):上高地や富士山のようなところなら、トイレの費用を入山料でまかなえるかもしれないし、小さな山ならそんなに環境負荷もないかもしれない。しかし、中間規模の山だとこの負担は大きいと思った。クラウドファンディングで賄っている例はあるか。
赤堀(答え):あまり情報を知らない。入山料を取るという話は、出ては消え出ては消え、という繰り返し。アンケートでは、理解する人は多くて、山のトイレは有料でいい、1回、500円取ってもいいとか、みんなそう言ってくれる。しかし現実は、20~30円しか払ってくれていない。クラウドファンディングは、どこかの場所に物を作るので協力してくださいということならお金が集まるが、維持費のためにということになると、私は聞いたことがない。
川内(コメント):富士山とか屋久島とか、多くの人が行くところで入山料を取り、それを自然保護のための基金にして、全国のトイレ処理に分配するという考えはないのか。
赤堀(答え):行政の研究会とか委員会では何度も取り上げられている。アメリカでは、いくつかの公園の中のあるエリアであれば入山料をとっている。それが日本では、難しい、理解を得られないというのが、何十年もずっと言われている。富士山で現実に入山料を取ったことがある。SNSでは、日本人の魂と言われる富士山に登るのにどうしてお金を取るんだ、それは税金でやればいいという意見があり、それに「いいね」がたくさんついたという事例があった。トイレは造るだけでも数千万から億の金がかかる。ヘリを1回動かすと100万、200万の単位。これでし尿を下ろさなければならない。
Torさん(コメント):以前に富士山の7合目に水洗トイレを作ったときに環境省から2億円出た。地上で建てると4000万円くらいのトイレ。維持費は地元の山梨県が負担したが、1シーズン600万円かかった。
Yaさん(質問):ずいぶん前の話だが、スイスのツェルマットのケーブルカーの下には下水管を敷設してあり、麓に下水処理場があった。一番上のクライン・マッターホルン駅には下水がないので、排泄物は1回ごとに袋で閉じる、腸詰めシステムのトイレがあり、麓で焼却していた。
赤堀(答え):ヘルンリ小屋というのがマッターホルンのスイス側から登っていくところにあるが、そこでは、排泄物をそこで密閉して、ボックスに入れてヘリで下ろしている。
モンブランの山の中の小屋も同じことをやっている。ヨーロッパの有名な山では当たり前。
グリンデルワルトで、ヘリの費用は大変でしょう聞いたら、けげんな顔をされた。おそらく自治体というか、公的なお金が入っているのだろうという印象を持った。屋久島でのし尿の運搬に付いていったことがある。でかいポリタンクを背負って、2日がかりだった。汲み取ってそれを担ぎおろして、重さは50キロぐらいだった。それは有償で、鹿児島県が作ったビジターセンター的な施設に入ってくる給付金、協力金で有償ボランティアにやってもらっているということだった。山のトイレ整備費に国費を投入するのは生態系の保護から必要だ。山小屋にきちんとしたレベルのトイレ整備をやってもらうために国費を投入する必要があるという議論は20年か30年前から出てきた。それが、いつまでたっても理解が深まらないのが残念でならない。アメリカでは入山料がかなりの額で、国立公園内の売店や郵便局や銀行といった事業者からもお金をとっている。それで管理費に回すというシステムが出来ている。日本の場合は、国立公園の中に市民がずっと住んで、権利を持っているから、それらの人から改めて何か金を取ることができない。
川内(質問):バイオトイレについて訊く。高いところでは温度がなかなか上がらない。温度を確保しようとすると電力が必要というところがネックになっているのか。
赤堀(答え):バイオトイレを働かせるための熱を得るために、自然の中で火を焚いて二酸化炭素を発生させるのはおかしいと、山小屋の人たちは悩んでいる。ソーラーパネルや風力発電をやっているところもある。また、輸送経費が今、どんどん高くなっている。
ヘリ業者は3社入っていたところが2社になり、1社になりかかっている。
Hoさん(コメント):スイスの登山ビジネスモデルと日本とは違うと感じる。ユングフラウヨッホ往復が1万円近くかかる。
赤堀(答え):グリンデルワルトから上って行って、ユングフラウヨッホに上る登山電車の料金だが、これは観光客用の値段。地元の人たちはもっと安い料金で利用できる。
川内(コメント):高地の鉄道だから費用がかかるということもあるけど、皆さんそこまで行くのにお金をかけるだけの価値があると思って行っている。その割には日本では入山料をケチる。きちんとお金ということがついていかないと、山のトイレの問題というのは難しいということが、すごくよくわかった。
赤堀(コメント):トイレの問題を山小屋に押しつけるのは、受益者負担というのとは全く違うだろうと思う。