「うんと知りたいトイレの話」第8回(2021年12月16日)
「再び考えるトイレの機能分散 -多機能トイレの利用集中に”利用“分散の考えを-」
山本浩司((一社)日本トイレ協会運営委員、中日本高速道路株式会社)
今日お話しすることは、NEXCO中日本で標準的に定めた設計の基準とは異なり、あくまでNEXCO中日本の特殊な事情がある休憩施設を対象に研究した内容になる。
NEXCO中日本は高速道路の新設、改築、維持、修繕その他の管理を行っている。昔は日本道路公団という名前だったが、分割民営化でNEXCO東日本・中日本・西日本の3社にわかれた。休憩施設(SA・PA)のトイレにもかなり力を入れていて、休憩施設自体がお客様の目的地になればいいなということで様々な個性的なものを作ってきている。
1.研究の背景(2013年より研究開始)
国土交通省から2012年の設計標準で機能分散の考え方が示されたので、弊社でも研究を始めた。NEXCO中日本では、SA・PAに多機能トイレ、ファミリートイレ、及び性別のトイレ内に車いすでも利用できる大型ブース(国交省で言う簡易多機能トイレ)(以下、「多機能トイレ等」)、及び一般ブース等を設置し、機能分散を図っている。
多機能トイレが足りないという声があり増やしたかったが、多機能トイレの数は計算に基づいて計画されていて、それ以上に数を増やすという説明がしにくかったため、多機能トイレに子供用の便器を追加してファミリートイレという名前をつけた。
これらとは別に、オストメイトに対応したトイレが整備されていて、オストミー協会からの意見もあって、なるべく男子・女子トイレの中で一番奥の方に配置している。
近年、多機能トイレ等に子ども連れ等による利用が集中し、障害者が使いにくくなっているという指摘が寄せられているため、①多機能トイレ等利用実態調査、②利用者のニーズ調査、及び調査結果を分析することにより、多機能トイレ等のあり方検討等を実施した。
2.多機能トイレの利用実態の分析
多機能トイレの利用実態の分析では障害者、高齢者、健常者、ファミリー、性別等、どのような人がどのような組み合わせでトイレを利用しているかを定量的に分析した。
SA PAや商業施設のトイレにはお客様がランダムに到着する。このような事象に対して待ち行列解析というものがある。この解析では、お客様がトイレへの到着する確率、そのお客様のトイレの利用時間、そしてお客様がトイレを待つ許容時間を定めると、トイレの数は計算できる。駅の改札数やビルのエレベーター数や高速道路の料金所のゲート数なども同じ。
2007年にこの待ち行列を使った解析を始めたが、20人とか30人乗っている高速バス等が2台、3台と続けざまに来ると、どうしても待ち行列が発生していた。どのぐらいだったら待っていていただけるかをヒアリングして、2分ぐらいを仕切りにして整備していこうということでシミュレーションモデルを作っている。ただこれは、2分以上待つことがないということではなく、2分以上待っていただく確率が0.01%ですよということ。
バスが一斉に来るとお客様の数が便器数を上回ってしまい、待ちが生まれる。お客様はバスで来る場合も乗用車で来る場合もあるが、複合してみるとランダムに発生しているということで、最終的には一つのポアソン分布で整理できる。
高速道路の一部のトイレにログセンサーを設置している。これは扉の上にマグネットセンサーを付けていて、利用の際に扉が閉じるとカウントするようになっている。
多機能トイレの利用者の属性はログセンサーではわからない。トイレの入り口の防犯カメラを倫理上の管理をした上で見てみると、利用者の属性がわかる。この分析は、東洋大学の髙橋儀平先生とそこの研究室の方にも手伝っていただいた。
海老名サービスエリアの調査では、多機能トイレを健常の家族連れが複数名で利用していることが多かった。滞在時間は障害者が5分37秒。それに対して家族連れがほとんどになるが、健常者と言われている人たちが4分11秒。この健常者は通常のトイレ利用よりかなり長いが、これは複数人ということもあるのと、中でオムツ替え等もあるということ。
来客数は、海老名サービスエリアの場合は概ね1日5万人ほど。障害者が100名ほど来ている。健常者で多機能トイレを使った方が1000名いたので、利用者の91%が健常者で、残った9%ほどが障害者だった。多機能トイレ等への健常者(子ども連れ、高齢者など含む)の利用が圧倒的に多いことで不足が生じていることが確認できた。
障害者の利用は1日100名ほどなので、数だけをもとに便器数を考えるのは難しい。トイレを障害者などが5分使うとしたとき、すぐに次の客が来ると5分待つことになる。ところがもう一つトイレがあって、それがランダムに使われていると待ちはもっと短くていい。多機能トイレの数を決めるときは、どういった人が使うかということと、どのぐらいの確率でその人が来るかというのと、利用時間が長い場合に次の人への影響があるかというのを整理しないとなかなか答えがみえない。
海老名サービスエリアの場合は多機能トイレに待ち行列が発生していた。車椅子使用者だけが多機能トイレを使うように啓発ができれば、今の二つで足りる。しかし、多機能トイレは自分達も使っていいと思っている家族連れに、使わないでくれと言っても聞いてもらえるのかなというのと、異性介助の場合は、男女別トイレに入れない場合もある。そういったことを考えると、少し機能分散には限界があるのかなというところが見えてきている。
3.多機能トイレのニーズ調査
多機能トイレを利用したお客様131名に、なぜそこを使うのかをヒアリングで聞いた。
使う理由では、子供と一緒とか、体が不自由とか、車いす利用しているというのが多かった。
車椅子の方は当然多機能トイレを使うニーズが高いが、ファミリーの方も多機能トイレでなければニーズを満足できないというのが見えてきた。
機能分散というのは、まず車椅子の方のニーズを確保して、それ以外の方には別のところを用意するということだが、性別トイレでは使えない異性介助の方々も多いので多機能トイレをやめて機能分散というのは、なかなか高速道路の混雑解消には繋がらないのかなということを確認している。健常者の方にも、多機能トイレを使わなければいけない事情があるということに議論が必要かなと思う。
4.調査結果を踏まえた、多機能トイレ等のあり方検討討
4.1 多機能トイレ等の便器数
これらの調査を踏まえて、障害者や子供づれ家族連れが多機能トイレを使う前提で考え、ただ2分以上待たないように整備する。この方針でDPI日本会議の方と協議した。DPIからは、2分以上待たないでいいのであれば子供連れと共用できるという意見が得られた。
4.2 一般トイレへの車いす使用者用簡易型機能追加検討
車椅子の方が、利用できる便房を複数選択でき、利用分散ができれば、待ちを減らせることができる。車椅子の方が多機能トイレに加えて、男女別トイレの中にある大型ブースを使えればいい。大型ブースの数を増やせれば、車椅子の方全員ではないけれど、選択肢が増える。
コマニーさんやDPI日本会議の車いす使用者にもご協力いただいて実験してみた。ブースは現行が幅1100mm、縦1600mm程度なのを、折れ戸を採用するとともに、縦を1800mm程度にすれば車いすで折れ戸を閉めて使用することができると確認できた。
男女別のトイレの中の大型ブースの数を増やせば全部使用中ということも少なくなり、ある程度自分で車いすを動かせる方の選択肢が増えて、結果的に待ち行列を一気に減らすことができる。つまり利用分散をもっと進めた方がいいのでないかと考えられる。
4.3 一般トイレへの車いす使用者用簡易型機能追加
実際に海老名サービスエリアでは、多機能トイレを1ブース増やした。さらに、車椅子の方の選択肢を増やすために男子トイレの一部に、試行的に折れ戸を使って車いす利用が可能なブースも設けた。以前は大型ブースと和式とオストメイトの3ブースあったが、それをオストメイトのブースと、車椅子で使えるブースにして、数も増やした。数を増やしたのは、最近の男子トイレは非常に大便器の利用が多くて、たぶん待ちが発生しているので、それの対策もある。エントランスから入った最初の列のこの4ブースは、車椅子にもよるけれど、どれも車椅子で使える。かつ、オストメイトは相変わらず一番奥を使えるようになっている。
4.4 車いす使用者用簡易型機能の評価
これを、DPI日本会議の車いす使用者に試してもらった。車いすの大きさはそれぞれ違うので、一般トイレの大型ブースを全員が使えるわけではないが、機能トイレを増やすとか、一般便房の中に利用が分散されるように選択肢を増やすのは悪くないという意見だった。
5.まとめ
多機能トイレの必要便器数の検証をしたが、足りないという結果は海老名サービスエリアだけ。他の施設は今のところ待ち行列も発生していない。ただ、今後、利用状況が変わってくる可能性があるので、大型ブースを一般トイレに追加することも考えていきたい。
【ここまでで前半を終了し、質疑】(一部割愛)
Tさん/折れ戸の折れる数を増やせばもっとスペースを小さくできるのではないか。
山本/私たちはまだ折れ戸をあんまり信用していないので、ヒンジを多くしたくなかった。別のパーキングエリアでもこの折れ戸を採用しているが、そこでは扉の2枚のうちの1枚を少し大きめにして、ブースの中に扉が入り込む面積を減らしている。
川内/あまり折れ方を多くすると、たたんだときのドアの厚みがすごく出てくるので、入口の幅が広く必要になってくる。
Hoさん/奥のブースが使われない事が多いと聞くが、その要素をこの研究では考慮したか。
山本/数学的な待ち行列の分析ではそこを考慮していない。ブース数がいくつで、それに対してお客様がどのくらいの確率で来て、どのぐらいの確率で利用されているかを検討した。
川内/NEXCO中日本では、いわゆるサバンナ効果(人は明るい方にひかれる)を活用して奥の方を明るくするというのをやっているというのは聞いている。
Hoさん/トイレで喫煙とか化粧などをする人たちは多機能トイレを利用者していたか。
山本/私達の調査では中の使われ方はよくわかっていない。ただ、トラックの運転手が歯を磨いたりしているようだ。
川内/街の中で見られる「その他の人々」はサービスエリアでは少ないだろうと思う。サービスエリアだとタバコは屋外で吸えるし、お化粧もいろいろな場所や車の中でできる。
【後半部分】
6.再び考えるトイレの機能分散 -多機能トイレの利用集中に”利用“分散の考えを
6.1 顕在化した多機能トイレの課題(2012)
多機能トイレの課題が2012年頃に国交省から表明された。多機能トイレへの高齢者や子供連れの利用が多くなり、車いす使用者が使いにくくなっているという指摘があった。それに対して、乳幼児用の設備とかオストメイト用設備を一般便房に整備するなど、個別機能の分散配置、機能分散化という提言がなされた。これに私は違和感を持った。そこを使う人の数を減らす以外にも混雑緩和の方法はある。機能分散化によって顕在化した課題を示す。
6.2 機能分散化により顕在化した課題①
(1)分散配置した個別機能トイレへの誘導が困難
お客様に機能分散を啓発しても、その浸透には時間がかかると思うし、その啓発を知らない人に対してもサインとかで誘導しなければいけないと思う。しかしもう一般化してしまった多機能トイレの使い方を変えてもらうのは非常に難しいのではないか。
(2)多機能トイレ選好に変化が見られない可能性がある
いろいろ工夫しても、トイレの使い方に変化が出てきていない。今まで便利に使っているお客様に、あそこは車椅子の方が使うところなので違うところを使ってくださいといっても限界があると思う。
(3)異性介助者、性的マイノリティへの対応
高齢者とか子供への異性介助者が多機能トイレを結構な頻度で使っている。また自分の戸籍の性に違和感があって、性自認と違うトイレを使うことに抵抗があるとか、逆にそういう人が入ってくることに対する抵抗もあり、男女共用の多機能トイレが使われている。
(4)お客様の到着状況によっては、混雑(待ち行列)が増加する可能性がある
機能分散化により便房数は減るため、お客様の到着状況によっては、それぞれのトイレでは混雑が増加する可能性がある。一方、多機能トイレを使う人は利用時間が長いので、そこに次の人が来ると待ちが発生するが、待ち行列を調べていくと、便器1個増やすと待ち時間は半分ではなくて、もっと減る。いろんな利用者に対して使える便器数を増やせば、待ち時間は一気に減らすことができる。待ち時間を減らすために機能分散というのは、非常に難しい。
6.3 機能分散化により顕在化した課題②
(5)機能分散に必要な建築面積の確保が困難
機能分散をしようとすると車いす対応の他に個別機能を持った便房が必要になるということで、建築面積が増加する。
(6)機能分散に必要な費用の確保が困難
個別機能に対応した器具等が増えるため、イニシャル・ランニングコストが増加する。また、既存のトイレの状況次第では、トイレ全体の改修工事が必要になり、費用の確保も含めて整備計画がなかなか進まなくなる。
6.4 再び考えましょう。多機能トイレの混雑解消
そもそもの課題は混雑の解消なので、そこをターゲットに置いて、もう少し考えたい。
機能分散による建築面積の話、設備のお金の話、誘導の難しさとかを考えると、いろんな属性のお客様に選択肢を増やして、いろいろなところを使っていただけるように利用分散をすることで待ちを減らすのがいいのではないか。
お客様の属性をグループ化して考えると、いろんなブースに利用が分散できて選択肢が増える。これを前提で考えれば、待ち行列の理論でいくと混雑が減らせるし、他の課題も防げる可能性があるのではないかと思っている。機能分散だけが答えではないのではないか。
あと、お客様の数というのを忘れてはいけない。海老名SAの1日のトイレ利用者は、だいたい障害者が100名ぐらい。100名のために多機能トイレを増やすのはちょっとしんどい。しかし1100名が多機能トイレを使うということだと、そんなに使うのかということになるので、全体の利用者数というのも、整備をする側としては考慮しなければいけない。
財源とか面積については、実は男子の小便器の利用時間が非常に短くなっていて、最近はそこを減らして大便器にしたりしている。そうした分析をすると、今まであったものをなくしたりもできるので、そういったトータルを見ていけば違う答えが出るのかもしれない。
正解というのは中々出ないと思うが、機能分散だけがベスト解ではないということもあるので、もし皆さんの方向性が合えば、トイレ協会から発信するのも一法かなと思っている。
【後半部分終了。質疑】(一部割愛)
川内/利用分散案として多機能トイレとファミリートイレと簡易多機能トイレ=大型ブースとオストメイト対応のブースと一般ブースが示されているが、この中で性別の共用のエリアに置くものはどれか。
山本/ファミリーからオストメイトまで非常に利用者が少ないトイレなので、待ち時間を減らすということを考えると、共用スペースに置いた方がいいのかもしれない。一般ブース以外を男女共用部に出すと建築面積も結構できて、効率的に使える可能性もある。
多機能トイレとかファミリーとか簡易多機能とか、利用者が非常に少ないところをみんなで利用分散して、男女別の一般便房を用意しておくと、便器数は減らせるかもしれない。
便器数を減らさなくてよければ、逆に言うと待ち時間を減らせるのではないか。
Hoさん/AIとかICTで、トイレに来た人に対して、その人の望みに合ったトイレに誘導するような指示が出せるようにできるのではないか。
山本/面白いと思う。確かに駐車場なんかは右と左に別れるときに行く方向を出しているところがある。スマホをうまく使うとか、AIを使うとかするといいと思う。
山本/多機能トイレの数は、事業を計画するときにどのくらいの利用者があるかは出てくるので、それを勘案しなければいかない。ただ、その絶対人数だけで議論すると多機能トイレはなかなか整備がしにくくなるので、利用時間が長いということを含めて待ち行列解析をちゃんとすれば適正な数は出てくる。ただ、一つだと処理能力が非常に小さいということを理解した上で整備しなければいけない。街の中だと、いろんなところに多機能トイレがあると分散できていいのだが、現実は少ない。
川内/法律では建物の中に1ヶ所あればいいとなっているので、建物の各階に一つはあるようにと法改正を進めるべきだというのが私の個人的な意見。
山本/インフラ整備計画において、使用人数は必ずポイントになる。その時に、車椅子は100名だが、実はLGBTの方とか介助の必要な方を入れると1000名超えるということを伝えると、1個や2個じゃ足りないかなとなる。