第23回「うんと知りたいトイレの話」報告
「快適なトイレ②」~快適トイレを造り、持続させるには~
(日本トイレ協会編「進化するトイレ」シリーズ第二弾「快適なトイレ」特集その2)
●講師
司会:小林純子((一社)日本トイレ協会代表理事・会長、(有)設計事務所ゴンドラ代表)
(1)「認知症の方にも使いやすいトイレ ー外出を可能にするトイレ-」 野口祐子((一社)日本トイレ協会会員、日本工業大学教授)
(2)「駅のトイレ ー快適トイレを造り、持続させるにはー」 仲川ゆり((株)JR東日本建築設計)
(3)「快適さを維持するメンテナンス」 山戸伸孝((一社)日本トイレ協会運営委員、(株)アメニティ代表取締役社長)
(小林)
前回の快適トイレ編の第1回目は、快適さの基礎編として、建築、歴史、人間工学の視点での話だった。
今回の第2回目は実践編。
話題(1)は、65歳以上の5人に1人が発症すると言われている認知症とトイレについて、日本工業大学教授の野口祐子先生にお話しいただく。
話題(2)は、国内の企業として最大のトイレ数を所有していると言われるJR東日本のトイレについて、JR東日本設計エンジニアリング本部の部長の仲川ゆりさんにお話しいただく。
話題(3)は、トイレの快適性の持続に欠かせないメンテナンスについて、株式会社アメニティ代表取締役の山戸伸孝さんにお話しいただく。
(1)「認知症の方にも使いやすいトイレ ー外出を可能にするトイレ-」
(1-1)アンケート
(野口)認知症の方が外出できるかどうかは、使えるトイレがあるかどうかで決まるということを強く感じている。
病院のトイレには、流すボタンを教える貼紙や、非常呼び出しボタンを間違って押してしまうことについての貼紙、鍵の開け方を教える貼紙など、いろんな貼紙がしてある。この貼紙をしないでも使える設備が必要だと思っている。
私の母は、2016年にアルツハイマー型認知症と診断を受けた。
母と外出すると困ったのが、トイレだった。
病院では、トイレに行って、戻って来られない。
30分ぐらいして探しに行くと、ウロウロと迷っている母に出会う。
トイレはここだよと言うと、いきなり男性トイレに、迷わず入ってしまうということもあった。
トイレのカギも、見なれないデザインだとカギだとわからなかった。
非常に薄い素材でできたドアは、その薄さが原因でドアだと認識できなかった。
これまで主に身体に障害がある人の配慮は考えられてきたが、それでは使えない人がいて、もっと多様な人のニーズを考えなければならなかったということに気づいて、すごく反省した。
2015年には国が、2025年には高齢者の5人に1人は認知症になると予測した。
パブリックトイレを認知症の人が利用する場合は、これまで、介助者が付き添って行くという対応はしても、設備などの環境側の問題として捉える視点が十分ではなかったのではないかと思う。
認知症の人を考慮せずに、ものづくりやまちづくりを進めることはできない時代が来ていると思う。
2022年版の高齢社会白書に載っている人口のグラフによれば、わが国の人口は2008年にピークを迎えて、今は減少傾向にある。
一方で、高齢化率というのは増加する一方で、昨年の秋に発表された高齢化率は29.1%。
2065年には38.4%になるといわれている。
そこで、認知症の人のパブリックトイレの使いやすさを把握して、必要な整備内容を明らかにすることを目的として、本人、家族へのインタビューやアンケート調査、カギと操作ボタンの検証実験を行った。
2017年から始めたアンケート調査において、外出で利用するトイレを聞くと、一番多いのは、病院と診療所で59.1%。
その次に多いのが、デパートやスーパーなどの商業施設で、これが41.4%。
そしてレストランなど飲食店が34.3%となっている。
このように、認知症の人も買い物や食事で街に出て行くというのが当たり前に行われているということがわかる。
その他が9.1%いるが、その内訳は、例えば、外出先のトイレは介助が困難だから利用しないとか、おむつを使っているから利用しないとか、トイレが使えないから外出をしないという方である。
どんな下着を着けて外出をするかを聞くと、一番多かったのが、使い捨ての紙パンツ、おむつで、これが、5割ちょっと。
その他、尿とりパッド、これはおむつと併用して使っているのだと思うが、3割の方が使っていると答えている。
外出のトイレで困ることで一番多かったのは、43. 4%の人がトイレの場所を見つけることだと答えた。
その次が水を流すボタンやレバーがわからない。
そしてトイレの個室内が狭い。混んでいる。濡らして洋服を汚した。紙パンツの処理に困る。トイレが間に合わなかった。
トイレまでの距離が長い、などの答えがあった。
外出時に商業施設を利用すると答えた方に、特に困ることを聞くと、トイレから出て道に迷った、介護者とはぐれたというのが1位だった。
2位が、トイレが混んでいる。3位が水を流すボタンやレバーがわからない。4位がトイレの場所を見つけること。5位が紙パンツの処理、自動扉の開閉ボタンを探すこと。6位が介護中の周囲の視線、変な目で見られるといったことだった。
第1位の、トイレから出て道に迷った、介護者とはぐれたという回答の具体例としては、ご夫婦で、商業施設の男女別トイレで別々に入ったけれど認知症である夫が早く出て行って妻を探して歩き始め、行方不明になってしまい、警察に捜索願を出して数時間後に見つかったというような話があった。
また、介護している妻がトイレに行きたくても、夫を置いて行くことができず、2人一緒に入れるトイレを探すしかないという話もあった。まだ軽度の認知症の時期でも、一人にしておくと介護者とはぐれる可能性が高いので、一時的に見守ってくれるところがあると、介護者自身も用を足せるという意見があった。
第2位のトイレが混んでいる、については、認知症の夫を待たせて介護者である妻が女性用トイレに入ったときに混んでいたら困るとか、たくさんの人の中に並んで入っていくことは、本人も不安が増して、かなり無理があるという意見だった。
第3位の水を流すボタンやレバーがわからない、については、新しい機能のついたトイレやおしゃれなトイレは流し方がわからない、もっと単純な基本的動作ができるものでよい、という意見だった。
付き添いなしで、1人で行動できる人でも、使い方はなかなかわかりづらい。
機能が多すぎ、ボタンが多すぎで、混乱して外出を諦めたり、水分を我慢してしまう人がいると思う。
水を流すボタンなど全ての会社で統一してほしい、できるだけ単純にわかりやすくしてほしい、同じ形状なら練習すれば便房内に閉じこめられずに済むかもしれない、といった意見があった。
第4位のトイレの場所を見つけることについては、介護者が1人の場合、あまり歩けない高齢者を連れてトイレを探すことはできないし、どこかに座って待たせていたら行方不明になる危険がある。トイレの位置がすぐにわかるサインが必要だといった意見があった。
トイレは奥まった場所にあって行きにくいとか、トイレの表示が小さくて目が衰えてくると探すのが大変といった意見もある。
第5位の紙パンツの処理については、赤ちゃん用だけではなく大人用の紙パンツを捨てる場所が欲しいという意見。
使用後の大人用おむつはずっしり重く、またニオイで持ち帰ることはできない。また、替えの紙パンツの自動販売機などがあると助かる、といった意見があった。
同じく第5位の自動扉の開閉ボタンを探すことについては、自動扉式のトイレに本人だけ入ったが、出る際に開くボタンがわからなくなって大騒ぎになって、間違えて非常呼び出しボタンを押したために、警備員が駆けつけてきたという話があった。
第6位の介護中の周囲の視線、変な目で見られるということについて。今、厚生労働省でも、介護する人は介護中という札を首から下げるということを推奨しているので、この札を首から下げて、認知症の妻を介助して、女性トイレに入ったり、男性トイレに入ったりしているという話や、女性トイレに男性介護者が入るしかないときは、とても困るといった話があった。
(1-2)トイレのカギと操作ボタンの検証
認知症になっても、それまでと同じように外出して、パブリックトイレを1人で利用できるようにしなければならないと思い、車いす対応のトイレとか、介護者が一緒に入る特別なトイレではなくて、一般のトイレの個室で検証をした。
高齢者施設に実物大のトイレを造り、デイサービスに通っている70歳から90歳代の方、13名に、カギの開閉と、水を流すボタンが押せるかどうかをやってもらった。
最後に、カギについて、使いやすかった、やや使いにくかった、全く問題なかったという三つの選択肢で聞いたら、全員が全く問題なかったと答えた。
カギは、スライドラッチという横にスライドするタイプを2種類と、回転する内掛け錠というタイプを2種類試した。
水を流すボタンについては、車いす対応トイレによく使われている大型のものと、東日本大震災の後に開発された、押すと発電をするエコリモコンと言われるもの、それから、小さめで、縦型の長方形のボタンの3種類を使ってもらった。
その結果、スライドラッチは、全ての方が、1 〜2秒で問題なく使えたが、回転するカギに関しては、回転の中心にある丸い部分をボタンだと思って押したり、その丸いところを持とうとしたりで、時間を計ると、6秒から8秒かかった人もいた。
便器の洗浄ボタンに関しては、一番大きいタイプは、8割ぐらいの人が間違わずに使えたが、エコリモコンは半数ぐらいが間違った。縦型の長方形のボタンは3割くらいが間違った。
非常用呼び出しボタンを間違って押してしまうという方が非常に多かった。
いろいろ調査をした結果、異性の介護者も入れる広めのトイレや、ベンチを外に設けておいて、介護者がトイレを使うときに待っていられる人には、そのベンチで待ってもらう。認知症の本人がトイレを使うときには、鍵を閉めずに外のベンチで介護者が待つことができるといった提案をした。
「公共トイレハンドブック」(*)という冊子を作り、その提案を載せたら、2019年にNHK厚生文化事業団から「認知症と共に生きるまち大賞」の「ニューウエーブ賞」を受賞した。
(*)https://www.nit.ac.jp/application/files/4016/2060/4522/toiret_handbook.pdf
2019年の「ニューウエーブ賞」では、岩手県でスローショッピングを進めている「マイヤ」というスーパーも受賞しており、マイヤの店舗に、認知症の方に配慮したトイレを実際に造ることになった。
日本トイレ協会の小林会長の設計事務所「ゴンドラ」に設計をしてもらい、昨年、2022年には、日本トイレ協会が毎年、トイレに関する優れた取り組みを表彰している「グッドトイレ選奨」を受賞した。
(2)「駅のトイレ ー快適トイレを造り、持続させるにはー」
(仲川)私は、主にJR東日本の駅のトイレについて、①駅のトイレはどのように変わってきたか、②いま私たちが使っている駅のトイレは快適か?③駅が変わってきた。トイレはどうなる?④駅トイレはどうあるべきか、の4点について話す。
(2-1)駅のトイレはどのように変わってきたか
35年前の駅のトイレは、汚い、臭い、暗い、壊れている、怖い、プラス混んでいるという、大変、評判の悪いトイレだった。
場所も、今は結構わかりやすいところに設けているが、昔の駅のトイレは、目立たないところにひっそりとあった。
1987年4月1日に国有鉄道が分割民営化されて、JRになった。
国鉄の時代は、駅のトイレを設けてはいたけれども、利用客に快適に使ってもらおうという発想はなかった。
JRになって、国有鉄道から民間会社になり、生まれ変わらなければいけないということで、お客さま第一ということを一番の優先事項に掲げた。
そこで、駅を綺麗にしなければならないと考え、駅の中で一番汚いトイレの改善が始まった。
まずは、清掃をする立場の社員ではなくて、駅の設計をやっている建築部署の社員が、自分たちで清掃をしたり、ペンキを塗ったりし始めた。
当時のトイレは、あまり目立たないところにあり、案内のサインも小さくて、わかりにくかった。
また、トイレットペーパーはなくて、トイレの入り口にティッシュや女性の生理用品の自動販売機が置いてあった。
また、当時の駅のトイレは、何段かの段を上ったところにあるというのが、一般的だった。
(2-2)いま私たちが使っているトイレは快適か?
いろいろな小さな試みをやっているうちに、駅の改修に予算がだんだんつくようになり、大きな駅から綺麗にしたり、例えば、新橋駅にすごくお金をかけて綺麗なトイレを造り、使用者はチップを払うというやり方を採用したこともあった。
いろいろ試みたことで、やり方のノウハウがたまってきたので、1999年に「駅トイレ整備マニュアル」というのを作った。
それを今日に至るまでずっと使っている。
当初は、大体10ページぐらいだったと思うが、今は200ページ以上あると思う。
2000年にできた交通バリアフリー法や2006年にできたバリアフリー法で、身障者トイレではなくて多機能トイレを設置しなさい、入り口もスロープもしくはフラットで入れるようにしなさいと法的にも求められるようになって、今に至っている。
綺麗にするとともに、わかりやすく目立つトイレにする試みも進んでいる。
昔のトイレは、小さな案内看板がぶら下がっているだけのような状況だったが、今は壁一面を使って、わかりやすいトイレの表示をデザインしている。
ある駅の20年前のトイレは、改札を入って左側にプラットホームに上る階段があって、その階段の下の、薄暗くて本当にわかりにくいところにあり、入り口に段差もあった。今は、場所も変わって、改札を入ると真正面にトイレがある。
トイレの改修では、古いトイレをお客さまに使ってもらいながら、別のところに新しいトイレを造るというやり方をすることが多いので、新しいトイレを全然違う場所に造るというのはよくある。
この駅の今のトイレがあるところは、以前はコンビニとか蕎麦屋があって、大きな収入が見込める、一番いい場所だった。
そこを、収入の期待できないトイレに変えているのは、バリアフリー法で駅のトイレのバリアフリーが求められているから。
(2-3)駅が変わってきた。トイレはどうなる?
20年ぐらい前から、「エキナカ」といって、駅の中にお店を作って買い物や食事ができるような場所を設けるようになった。
それまでは、駅は電車に乗るだけだったのが、エキナができると、お客さまが駅の中にいる時間が長くなった。
すると当然、トイレに行く回数も増えるのではないかということで、綺麗にすること以外にも、必要な便器の個数を知るための調査もやってきている。
駅の混んでいる時間帯でも行列が生まれないだけのトイレの個数を設置するというのは不可能なので、現段階では、最大ピークのときにはどうしても待ち行列が生まれるのは仕方ないという条件で、適正な便器数はどのぐらいか、男女のバランスはどのぐらいが良いのかなど、いろいろ研究をしている。
(2-4)駅トイレはどうあるべきか
先ほど話した「駅トイレ整備マニュアル」というのは1999年から作って今日までずっと使い続けている。
法律が変わったりするので、3年に1回ぐらいは改訂している。
今、国は多機能トイレに集まった機能を分散すると言っているので、たぶん改訂することになるのかなと思う。
ただ、目的と基本方針というのは、当初から変わっていない。
<駅トイレ整備マニュアルの目的>
本マニュアルはご高齢の方、障害をお持ちの方などすべてのお客さまが、駅トイレをより円滑に利用いただけるよう整備内容を示したものである。本マニュアルに沿って駅トイレの整備・改良に努めることで、サービスレベルの向上と均質化を図ることを目的とする。
<駅トイレ整備マニュアルの基本方針>
・安全で使いやすい駅トイレとする。
・清潔な駅トイレとする。
・明るく快適な駅トイレとする。
綺麗になって、多くのお客さまに使ってもらえるようになったし、本当に多種多様な人が使うということで、トイレに求められる条件が変わってきていると思っているが、この基本方針については変わらないと思っている。
(3)「快適さを維持するメンテナンス」
(3-1)快適なトイレの維持
(山戸)私は、株式会社アメニティという、快適なトイレを維持するサービスを提供している会社の代表を務めている。
うちの会社は横浜にあるが、全国に約60ヶ所の加盟店があり、韓国にも2ヶ所加盟店がある。
当社には、トイレ診断士という社内資格がある。
社内資格だが、厚生労働省が認定した社内検定になっている。1級、2級という資格があって、ちゃんと勉強しないと合格しないというシステムになっている。
私は、公共トイレの快適性を維持するために必要なメンテナンスの体制、方法について話す。
人は1日、だいたい5回から7回、必ずトイレに行く。
一生で計算すると、男性は平均寿命が81歳と言われているので、少なく計算しても大体14万7825回。
女性は87歳が平均寿命といわれているので、15万8775回トイレに行っている。
毎日、5回から7回、必ず汚しに行く生活空間は他にはない。
そもそもトイレというのは、汚れて当たり前の場所だと思っている。
特に、不特定多数の方が利用する公共トイレは、利用者数が非常に多かったり、誰が使ったのかわからないため、多くの問題があり、綺麗さを維持していくのはなかなか困難。
汚れ以外にも公共トイレでは、いたずらや、落書き、また、公衆トイレの場合だと、ホームレスの滞在などという問題もある。
ある公共トイレでは、入り口のドアレバーがなくなっていた。
これは、中に入って工具を使わないと取れないようになっているが、3ヶ月連続でなくなっていた。
トイレには落書きをされることがあり、これも快適なトイレを阻害する一つの要因になっている。
また、公衆トイレではホームレスの滞在がよくある。
あるトイレでは便器の後ろの配管スペースに大量の衣類や靴やタオルが詰め込まれていた。
このトイレは最近できたものだが、清掃係の方に聞くと、ホームレスの方3人が交互に住んでいて、その方たちが荷物を隠していた。
どんなにお金をかけて豪華で、デザインの良いトイレを造っても、適切なメンテナンスをしなければ、あっという間に不快なトイレになってしまう。
新しいトイレは、できた時から毎日劣化していく。
自宅のトイレは1人で快適さを維持することができるが、公共トイレの快適さは1人では維持できない。
チームとして取り組まないと、維持できない。
ショッピングセンター的な商業施設の場合、清掃する人は、朝、昼、夕方、夜と、少なくとも4人が必要。
週末は、プラス2名ぐらいは必要になる。
また設備の保守をする人も、1人か2人くらいは必要。大きい施設だと3名ぐらい必要になる。
それ以外に、例えば商業施設等でいえば、デベロッパーやオーナーが維持管理にお金をかけると決裁する必要があり、そういう決裁をする人も1〜2名いる。
そのように考えると、トイレをメンテナンス、維持管理するためには、だいたい10名ぐらいは必要だということになる。
そういう方たちは、休日も必要だから、一つのトイレに20名ぐらい関わっているということもよくある。
公共のトイレに関しては、そのくらいのチームで、体制を整えて、みんなで力を合わせて、それぞれが、それぞれの役割を果たさなければ、快適なトイレは維持できない。
(3-2)公共トイレの保守の5つの要素
トイレメンテナンスには、日常清掃、点検、定期清掃、プロフェッショナルメンテナンス、修繕の五つの要素があり、これをうまく連携させることが大事。
①日常清掃は、日々の公共トイレ利用による汚れを除去する清掃。
軽度な落書きや、いたずらについても対応をする。
状況にもよるが、原則としては、1日1回以上行うことが望ましい。
私自身は快適性を左右する一番大事な要素は、日常清掃だと考えている。
②点検では、汚れ、傷、故障などの経年劣化や悪臭の発生状況などを調べ、公共トイレの管理者にその状況を伝える。
可能であれば、日常清掃をしている人とは別の人が行った方が良い。
日常清掃に毎日入っている人は、汚れの変化などには意外と気づきにくくなっている。
1ヶ月に一度程度の点検が望ましいと思う。
この点検結果は保存し、トラブルの発生の頻度や周期を把握する資料として、活用する。
③定期清掃では、日々の日常清掃ではなかなか時間が取れない高いところの汚れや、屋外の汚れなどを除去していく。
汚れの状況により、月単位、年単位で考え、計画的に実施することが望ましい。
例えば床面には、月に1回、ポリッシャーをかけて清掃するとか、高所の落ち葉がたまると雨水が流れなくなるところについては年に1回清掃する。
①〜③を基本清掃と言っており、これらは客が自分自身でできる。
その後に、プロフェッショナルメンテナンスがある。
④プロフェッショナルメンテナンスは、日常清掃や点検、定期清掃では対応できない問題に関して、プロが行うメンテナンス。
例えば衛生陶器の尿石や水垢は普通の洗剤では汚れが落ちない。
プロの場合は、普通の人が使わない強い医薬用外劇物などを使ったり、特殊な機器を使って汚れを落とすので、プロの力を利用した方が早いし、綺麗になる。
⑤最後の補修というのは、点検によって確認された建物や設備の不具合に対して、処置する作業。
経年劣化によって起こると予想される不具合に関しては、あらかじめ、消耗部品をストックしておくと便利。
点検でトイレの排水の具合が悪いということが見つかった場合、内視鏡で配水管を覗きながら高圧洗浄をしたり、フレックスシャフトというドリルのような機械を使って、磨いたり、尿石を除去したりする。
この④と⑤の二つをバックアップメンテナンスといって、プロにバックアップをしてもらって、快適さを維持していくことになる。
(3-3)公共トイレの保守と汚れの蓄積度合
私は、どのタイミングでどのメンテナンスを行ったら良いのかを簡単に図示した、不快曲線というものを作っている。
縦軸が汚れ具合で、上に行くほど不快だということを示す。横軸は時間の経過を表す。
何も清掃していない場合はあっという間に不快曲線は上がっていく。
ほどほどに清掃はしているけれども、日常清掃が充分に行われていない場合は、清掃していない場合よりは少しゆっくりだが、やはり不快曲線は上がっていく。
日常清掃だけでは、取り残した汚れが蓄積していくので、不快曲線はだんだん上がっていく。
定期清掃を行うと、少し上がった曲線を下げる効果があるが、それでも配管内の尿石や水垢はプロでないとできない領域になるので、完全に落とすことはできない。
そこでプロフェッショナルメンテナンスが必要になってくる。
いろいろな手法を組み合わせながらやっていくことが大事だと思う。
(4)質疑
(TOさん)トイレの個室の利用時間(占有時間)の変化について調べているか。
(仲川)近頃は調査をしていないので、変化は、はっきり言ってわかっていない。
ただ、男女差というのはある。
男性の小便器の利用については、10年ぐらいの間隔で2回ぐらい調べたが、大体40秒弱ぐらいで変わっていなかった。
男性の個室の利用時間も、変わっていなかったと思う。
女性の方も変わっていなかったが、駅のトイレは、荷物が多いせいもあるのか、一般の事務所ビルよりも占有時間は長かった。
ただこの調査はかなり前で、まだ和式トイレがある時代だった。今は全部洋式トイレになっているので、変わっているかもしれない。ただ、最近は調べていないので、わからない。
(TOさん)排せつだけならば、今も昔も変わらないと思うが、以前に比べて快適になったがゆえに、休憩所代わりに使ったり、個室内でスマホを操作している人が結構いるのではないかと思っている。
(HIさん)JR東日本の在来線車両の多機能トイレは使いやすいが、JR東海やJR西日本の車両のトイレは使いにくい。
設計情報を共有していないのが、もったいないと思う。
(YAさん)駅の乗客数に応じた便器数の基準を教えてほしい。
(仲川)トイレの数は、どれだけの人がトイレに来るのかということと、トイレの占有時間と、時間帯による乗降客数の増減の状況の三つで決まる。
なので、トイレの利用状況を、実際のトイレで調べるのが一番確かなのだが、それができない場合、例えば、新しく駅を作るときなどは、乗降者数から割り出すようにしている。
駅の中で買い物ができるエキナカのように、列車を利用する人以外の利用客がいる場合は、エキナカを百貨店と同等とみなして、空気調和・衛生工学会から出ている百貨店の基準で算定して、それと列車の利用者を組み合わせて計算している。
さらに駅には、乗り降りする人だけではなくて、乗り換えの人もいて、その影響もすごく大きいため、乗り換え者数も考慮して算定している。
(YAさん)東京など大都市では、一つの線路を異なる鉄道会社の列車が共用して、他社の路線に乗り入れている場合が多くある。そしてその乗り入れ方が変わることが時々あって、乗り換える駅が変わったりする。そうすると適正な便器数も変わってくると思われる。それへの適応はやっているのか。
(仲川)すぐには変化に対応できない。ただ、新しくやり直すときには変化に応じるようにするが、場所がないので増やすのは難しい場合が多い。
トイレに関するお客さまの声は、苦情だったり、褒める言葉だったり、いろいろあるが、それを集約している部署があって、その部署からトイレに関連する部署には必ず私たちに届くようになっている。
(AZさん)客の行動パターンが変化していないか。例えば、洗面台の数よりも、化粧用の場所を増やすとかの変化はないか。
(仲川)利用時間の実態調査をすると、洗面器に鏡があるところとないところでは、時間が全然違う。
おそらく洗面器の前で化粧をしているから時間がかかるのだろうと予測して、化粧用の場所を洗面器とは別のところに造ったら、洗面器での利用客の回転が速くなり、結果的に洗面器数を減らすことができた。
それから、自動水栓の影響もある。元々は水を出しっぱなしにしたままで去る人が多くて、節水を狙って自動水栓にしたのだが、水を止める必要がなくなったことで、利用客の回転も早くなった。
(OZさん)認知症の人の困りごとは、知的障害の人の困りごとと共通している点が多い。
役所では、高齢者と子供は担当が違うが、トイレ環境を改善するために両方の関係者の連携はあるのか。
(野口)公共トイレハンドブックには、認知症編の他に、発達障害編というのがある。一緒に研究している人が、発達障害や知的障害を専門としている。
両者には多くの共通点があるので、認知症の方への配慮をすれば、知的障害の方にも役立つ部分が多くあるだろうと思う。
福祉サービスも研究者も専門分野ごとに分かれていて、当事者活動も高齢者と障害者ではバラバラに動いているが、トイレはみんなが使うのだから、多様性に応えながら個別性の高いニーズもかなえるということが実現できればいいなと思う。